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所作


 
 「……壬生、サン?平気っつスか」
 雨紋が緊張しているのは、僕への呼び方ですぐわかる。
 つい先刻までは、紅葉、紅葉とうるさいくらいだったのに。
 「水?あったかタオル?ティッシュ?他に入用なものは、何かありましたっけ?」
 わたわたと慌てる雨紋の首に手を回して、引き寄せる。
 「……落ち着け。何時もの事なんだから。気にしなくていい」
 「だって、そんなにへちょってるじゃないですか!しかも俺のせいでっつ!いっつも手加減しよう、
  しなきゃって思ってるのに、つい暴走しちまって、これでも反省してるんス!してるのに、気に
  しなくていいなんて…」
 まだ何かを言いとのろうとする唇を、人差し指で止めさせた。
 「僕も望んだコトなんだ。自業自得の面もある。君だけが自分を責めるのはよくないね」
 「でも!」
 「……最初に。ティッシュ。次に水。あたたかいタオルの順番で用意してくれるかな。ああ、でも
  その前に……」
 すぐさまベッドからおりて準備にかかろうとする手首を掴んで、自分の唇を指差す。
 「忘れ物」
 切羽詰った目が、瞬時にやわらいで眦が下がる。
 両手でまだ熱の残る頬を包み込まれて、口付けが降りてきた。
 触れて、唇を軽く挟むだけの優しいキスは、彼が随分と遊んできた余裕の片鱗を見せる行為の
一つでもある。
 たぶん、女の子を抱き締めた数だったら僕なんかよりもずっと多いだろう。
 実際ファンの女の子の中で、それらしい子も見かけたことがある。
 まあ、今は僕しか抱かないようだし。
 男は僕が初めてだっていうし。
 自分から告白したのも初めてだって言うから。
 気にしないけどね?                                     

 「ほい、ティッシュ」
 「ありがとう」
 たぶん僕が二回、雨紋四回はいってると思う。
 軽めだったテッシュボックスが空になるのは無理からぬことだとは思いつつも、何となく面映
い。
 テッシュ一箱空になるまで、SEXしまくりました、なんてねえ?
 まだ中に孕んでいる雨紋の精液を綺麗にしておかないと後々困る。
 体全体がハードな行為にくったりしていたが、慣れつつある手順と気力だけで自分の秘所に
テッシュをあてて、腹の底に力を入れた。
 どろどろっと溢れ出す感触に目を伏せて耐える。
 龍麻が、たーんと寄越したオススメ・エロコミックの山の中。
 どれもこれもまあ、何でこんな精液が出るもんかという、派手な描写っぷりに苦笑したものだ
が、実際受身になってみると、あの大袈裟な表現もあながち嘘ではないのかな、と思ったりもす
る。
 お互い忙しい身の上でも、週に一度はしてるんだから、溜まったりしてないはずなのに、この
量だもんなあ。
 「……何を、まじまじ見てるんだ、雨紋……」
 眉を顰めつつ目を開けば、息の届く距離に顔がある。
 「やー何時見ても艶っぽくって、見惚れてましたよ。俺が出てくるたんび壬生サンの肩が、小さ
  く震えるんすよね。知ってました?」
 「ただの、条件反射だろう。んっつ」
 話してる側から、とろっと出てきて肩を小さく竦めてしまった。
 かっと血の気が上がった頬に、唇が届いて。
 「水、持ってきますね」
 あいかわらずの引き際の良さで、台所へ行ってしまう。
 普段の彼は、相手にとって不愉快な言葉を意外にも使わない。
 例え口にしてしまっても、二度目。
 相手を追い詰めるような言動は、見事なまでにない。
 それは親友を、正義を押し付ける事で失ってしまった現われなのかもしれないのが、少しばか
り切ない気もする。
 ま、いわゆる事の最中は、平気で僕の羞恥を追い上げるように饒舌なので重症でもないのだ
ろう。

 
 今出来る程度の後始末をすませて、ほーっとベッドの背に頭を預けた。
 後は、ゆっくり風呂にでも浸かれば汚れも疲れも取れるだろう。
 「はい。お待たせしました」
 「……ちっとも待っていないよ」
 僕が指示した物を手際よくサイドテーブルの上に並べて、僕の言葉になにやら思いついたの
か、にやっと雨紋が笑う。
 「俺が拭きますよ?」
 「や、自分で拭くね!君に任せると、また同じ作業を一からやり直さなければならなくなりそう
  だからね」
 「んなに、頑なにならんでも」
 「……今までの傾向を、少しは考えてみろ」
 んーと、と律儀に目を伏せて考え込む隙を見計らって、グラスを唇にあてる。
 氷は入っていなかったが、よく冷えていた水は随分と枯れてしまったボクの喉を優しく潤して
くれた。
 「もー一杯飲みます?」
 「や、今はいいよ。お風呂上りにはまた頂くし」
 「すぐに風呂に入るんだったら、拭かなくてもいいんじゃないんすか?」
 「そんな気もするんだけどね。一眠りしたい気もする」
 仕事を済ませた高揚のままに抱き合ったから、反動が思いのほかあったりもする。
 「あーまーやりっぱなしでしたしねー。それともやっぱ、俺が側にいると眠りが浅くなります
  かね?」
 心配そうに上目遣いで伺ってくる様は、忠犬を思い起こさせる。
 金色の毛並みの、血統は良くなくとも、人の目を惹きつけて離さない艶やかな容姿。
 「そんな事はないよ。僕の眠りが浅いのは仕事柄だ。むしろ君と一緒だと眠りは深い方だ」
 隣りに誰かがいると眠れない性質ではあったけれど、これだけしてもいれば雨紋には慣れ
てくる。

 「……なら、良かったっス」
 にゃっと笑うと思いの外幼くなる。
 普段はムースでびっちりと固められている髪の毛が、下りているせいかもしれない。
 あたたかなタオルを手渡されて、首の周りから拭いてゆく。
 腕から爪の先まで、脇の下から始まって腰に腹回り。
 性器と下半身全体。
 一通り拭き終わると、幾らかすっきりした。
 身体には先ほどの熱とは違う温かみが、点った。
 「雨紋……飽きないか?」
 「ちっとも。ずうーっと見ていたいくらいです」
 僕が体全体を拭き終わるまで、隣りで寝そべってじーっと眺めていたのだ。
 気を取られたら、また行為に走ってしまいそうな気がして、あえて無視してみたのだけれど、
何とも嬉しそうな顔で見つめてくるので、どうにも照れ臭かった。
 「自分でも飽きっぽい性分だとずーっと思ってて。バンドは続くよなあ?なんて思ってたら、
  壬生サンに会って、溺れて……返上しました。飽きっぽいの」




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