メニューに戻る次のページへ




  烏滸(おこ)


 
 壬生が何の前触れもなく消息を絶ってから、一ヶ月以上が過ぎた。

 もともと連絡が繋がり難いから、完全に失踪したとわかるまでは、一週間近い日が過ぎていたらしい。
 俺が知ったのもその頃だ。
 どんなに忙しくとも、日付が変わる前に何らかの形で龍麻に伝言を残していたのが、三日間連絡を絶っ
たのに腹を立てて、拳武館に怒鳴り込んだらしい。
 どうせ、鳴滝の親父が無茶苦茶なことをしたんだと思った、とひーちゃんは言っていた。
 どころが、いざ怒鳴り込んでみると、反対に鳴滝に泣きつかれたという。
 『壬生との連絡が三日間全く取れない』と。
 暗殺業だというのに、仕事に真面目な壬生が、連絡をくれないのは致し方ないとしても、こちらからの連
絡がつかない、なんてことは今まで一度も無かったようなのだ。
 嫌な予感に襲われたひーちゃんは、裏密の所に走り、占いをさせる側で、御門と劉を呼び出して、更に
壬生の行方を占わせた。
 黒魔術に陰陽術、風水の一級品の力を駆使してでた結果は。
 三人が三人とも、旧校舎に捕らわれている、と。
 知り尽くしているとまではいかなくとも、旧校舎のシステムはかなりよく把握している。
 それならば、簡単に捜せるだろうと思ったが、甘かった。
三人口を揃えて、この階層に捕らわれているはず、と指摘した場所を、捜しても捜しても。

 壬生の髪の毛一筋すら見つけられなかったのだ。

 「ちっくしょうっつ!絶対ここにいるはずなのに!どうして見つからないんだよ!!」
 どごん!と無意識に拳をあてた岸壁に数メートルの穴を開けながら、ひーちゃんが金色の瞳を爛々と輝
かせる。
 普段ならば、俺や如月あたりが止めた龍麻の暴走を、抑えたのは村雨。
 「落ち着けや、先生」
 その村雨ですら、暗い目をしている。
 紅葉が心配で仕方ないのだ。
 無論、いつもなら止める俺や如月が、静止の言葉をかけられないのは、そんな余裕がどこにもないから
だ。
 死ぬ、なんて。
 あの紅葉に限ってありえないが、宿星の仲間内では、一番死に近い存在だと、皆心の中で思っている。
 「これが落ち着けるか!俺の紅葉が!行方不明なんだぜ?」
 「心配なのは先生だけじゃねーよ」
 「わかってるさ!暴走したって、紅葉が見つからないことくらい!でも、だからといって落ち着いてなんか
  いられるかっつ!」
 放たれる波動ですら凶暴化していて、ひーちゃんの周囲の小石がぱちぱちと砕け飛んでいる。
 ひーちゃんの肩に手をあてている村雨も、眉を顰めているところを見ると、きついのだろう。
 村雨の頬に、ぴしっと細い切り傷が走ったのは、ひーちゃんが放つ乱れきった波動のせいだ。
 「くっそ!」
 そんな二人を見ても、止める気すら起きない自分の弱さに腹が立って、握り締めた拳を、ごつっと岩壁
に叩きつけた。
 と。
 「お!わっつ!」
 がらがらっと、派手な音と共に岩壁が一部分崩れ落ちた。
 こんなことが起きると思っていなかったので、俺は岩と共に仰け反ったままで倒れ込んだ。
 「痛ってー!!」
 見開いているはずの視界が真っ暗になり、銀色の綺麗な星が無数散った。
 戻るまで、数秒は要したのか。

 「大丈夫かい?蓬莱寺君」
 どんな時でも何となく、お母さん?といった世話焼きの印象がある、如月が手を貸してくれた。
 ういっこらしょっと、起き上がり、ぱんぱんと洋服を叩いてほこりを落とす。
 「ああ、怪我はねーよ……しっかし。何だ、こりゃ」
 崩れた岸壁には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
 今の今まで、こんな空洞があるなんて、思いもしなかった。
 「……紅葉?」
 空洞の向こうに何かを感じたのか、ひーちゃんが、顔色を変えて、俺の身体を飛び越えて穴の中へ走
りよる。
 「危ないよ!龍麻っつ」
 異世界としかいいようがない、この捩子くれた空間が旧校舎の旧校舎たる、所以。
 新しく開けた場所が安全だなんて保障は、どこにもない。
 むしろ、危険度が高まっていると言った方がいい。
 叫んで咄嗟にひーちゃんの服の裾を掴んだ如月だったが、ひーちゃんの勢いが良すぎて、手が外れて
しまう。
 「ったく、先生!」
 人が一人通れるくらいの穴の入り口で、これ以上落下物がないようにぺたぺたと、御門から貰ったのだ
ろう札を貼り付けた村雨が、ひーちゃんの後を追う。

 如月の身体を助け起こしてやって、二人、ひーちゃんと村雨に続いた。
 「うわ!何じゃこりゃ!」
 仰け反ったのは俺だけではない。
 如月も、村雨も呆然としている。
 通常の階層の半分程度しかない空洞には、所狭しと盲目の者が蠢いていた。
 「……これを、見てくれないか?」
 顔色を真っ青にした如月が、掌で壁を押す。
 淡い桃色の壁から、にゅるりと触手が伸びて、一体の盲目の者が姿を現わした。
 「信じらんねー」
 村雨の感想に、頷いて同意をする。
 この空洞は、壁面地面が全て盲目の者の身体でできているのだ。
 試しにと、ジャンプすれば、地面からも触手が伸びてくる。
 「こんな場所、初めてだ」
 「そうだね。一体何が原因でこんな状況になったのかはわからないけれど。凄まじい……」
 囁いた如月の顔色が酷く悪い。
 真っ青なんて通り越して紙のように白のが気になる。

   幾らこの状況に驚いたからといって、普通そんな顔色にはならない。
 綺麗な面立ちに騙されがちだけど、忍者という職種上、俺達の想像も及ばない
修羅場にすら動じないのだ。
 「おい、大丈夫か。如月。顔色、無茶苦茶悪いぞ」




                                         メニューに戻る次のページへ
                                             
                                             ホームに戻る