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 いそいそと中に入り込んできたマスタングは、患者用のパイプイスをセットすると、慣れた
所作で紅茶を作った。
 周囲を見回すので、溜息をついてスティックシュガーを出してやる。
 「ありがとうございます」
 お、少しだけ感情が篭ったな。
 甘党のマスタングが飲み物を飲む時は、砂糖が必須なのだ。
 泥コーヒーを飲む時は、スティックシュガー三本も消費しやがる。
 この紅茶は、奴の好みに合うらしく、スティックシュガーも一本だけだったが。
 「そういやぁ、この間、差し入れで固形蜂蜜貰ったから、持ってけ」
 「いいんですか?」
 「俺がんなに甘い物喰わねーの知ってるだろ?」
 「では、ありがたく頂きますね」
 「ああ。後で出してやるから」
 はい、と頷く奴の表情は随分穏やかになっている。
 もう、話をさせても激怒することはないだろう。

 「で?いきなり、どした」
 「……紅茶を頂きにあがりましたよ」
 「それだけじゃーねぇんだろ」
 「…俺、そんなに顔に出てますか」
 「出てないと思っているんだとしたら、考えを改めるんだな」
 作戦中のこいつならいざ知らず、それ以外は大変わかりやすい。
 まー猫を被った時の、こいつの裏を読める人間となると数は格段に落ちるがな。
 「……そんな馬鹿な事で、何怒ってるんだ!とか、言いません?」
 「そんなん、聞いてみなきゃわからねぇだろ」
 「約束して下さるんでしたら、話します」
 「わあったよ。怒りゃあしねぇから、話してみな?」
 内容を既に知っているのだとばれないように、わざとらしく肩を竦めながらも、興味ありそげな
雰囲気を醸し出す。
 ったく。
 大佐に頼まれてなければ、こんなお膳立てはしねぇぞ?
 「……雑談に興じていましたら、話の流れで。怪我をした時、一番治療して欲しい医師は誰
  だ?という話になって」
 「まぁ、マルコーさんだろうなぁ」
 「はい。結晶の錬金術師の名は、彼だけのものです。実に丁寧且的確な治療をして下さい
  ます」
 あーそっか。
 マスタングは実際、手当てを受けた事があるんだぁ。
 ……俺がこいつのかかりつけになったのは、そんなに前の話じゃねぇしな。
 よくよく考えれば、国家錬金術師同士、気安いのかもしれない。
 何せレアな階級ってーか職種だ。
 マスタングは閣下にも溺愛されてっからなぁ。
 マルコーさんを専属医師につける位はやりかねん。
 「ですが、俺のように彼に治療を受けた人間は少なくて……」
 「そりゃ、そうだろ。あん人。大体、今は誰の治療もしていないはずだ」
 「ええ。閣下から一任された研究に勤しんでいらっしゃるようですし……で。それなら、
  ドクター・マルコー以外の方だと誰が?と言う話になったんです」
 「ほぉ」
 ずずっと紅茶を飲み切って、さて、一服。
 マスタングは言葉を選びかねている。
 「マルコーさんが、飛び抜けてっから、他を挙げるのは難しいだろう。同業に近けぇ、俺だって
  すぐには浮ばんぞ?」
 「……俺は、すぐ浮びました」
 「へぇ。誰ね?」
 「先生」
 「先生って?」
 「っつ!わかっていて聞いてますねっつ!俺はノックス先生以外を先生って言いませんよ。
  茶化さないで下さい」
 「怒らなかっただろうが?」
 鼻先に、ぷふーと煙草の煙を吐いてやれば、マスタングの額に益々皺が寄った。
 「お前さんが、そう評価すんのは光栄だがな。俺ぁ、普通の医者じゃないぞ。鑑定医だ」
 それも、マスタングの焼いた死体をほぼ専門に鑑定する、な。
 こいつが空恐ろしい罪悪感を抱いているのを、見知らぬふりし続ける、おぞましい鑑定師だ。
 「でもっつ。先生は消毒薬の匂いがするじゃないですか!」
 「ああ?」
 「気がついていないのかもしれませんけど!煙草の匂いに紛れてますけど!消毒薬の
  香りがするんですっつ」
 「……んあ?」
 「鑑定するだけなら、消毒薬の匂いが白衣に染み付く事なんて、ありませんよね?」
 
 「器具を消毒する時の匂いが……」
 「それだけじゃあ! ないですよねっつ!」
 ……何だって、お前が。
 そんな事で涙目になるんだよ、おい。
 「先生は、お医者様だからっつ。鑑定医としても、それは有能でいらっしゃるけれどっつ! でも、
  その本質は、お医者様だからっつ。俺の面倒を見てくれるんですよねっつ?」
 んん、と? 
 ああ、そういう事か。
 「俺ぁ、お前さんを鑑定対象として見た事なんざぁ、一度もねぇぞ?」
 「ふ! あっつたりまえですっつ! 俺なんか、先生の鑑定対象になる訳ないでしょ?」
 ありゃ、違うってか。
 「ただ、皆揃って。先生の事。医者じゃないとか言うから!」
 「あーんーまぁ、落ち着けって、ボウズ」
 「俺ぁ、ボウズじゃないんですっつ!」
 「わあった! わあったから、そんなにぶんむくれるな」
 ふくふくと膨れて、癇癪を起こす姿はなかなかに歳相応だとは思うがな。
 「俺ぁ。医者だ。鑑定医だって立派な医者だ」
 「そうです! 先生はご立派なんです」
 何だか、酔っ払ってるみてーなノリだなぁ。
 しかし、普通紅茶じゃあ酔えんだろうさ。
 「自分で、自覚してる以上。人様に、何言われたって、ビクともしねーよ」
 「ですがっつ!」
 「それに、お前さんが。医者だと認めてくれるんだろう? それで、十分さ」
 手首を取って。
 ぽんぽんとその甲を叩いてやる。
 マスタングは、ついとその手を取って、顔に近付けた。
 ふんふんと鼻を鳴らす様は、良く躾けられた犬のようで、ちょっとだけ飼いたいと思ったのは
内緒だ。
 「やっぱり、消毒薬の匂いがしますよ」
 「煙草の匂いが強いけど、だろ」
 「ええ!」
 やっと、落ち着いたというか、色々と自分の中で整理がついたらしい。
 本当。
 ちょっと構ってくれた相手のどうって事もない矜持に、泣きそうになるほど一生懸命になるな
んて。
 不器用に、可愛い奴。
 それで、敵が増えてもたぶん。
 味方がいなくなる事はない。
 エッガー大佐や、ヒューズ坊などもその口だろう。
 俺も、その一人だ。
 納得したくない部分は、ありまくりだがな。
 「……何です、先生。ニヤニヤして」
 「や。医師として尊敬されるってーのは、悪かねぇなぁと思っただけさ」
 「っつ! 尊敬とか、そういうんじゃないです。俺はただ! 貴方が実力通りに評価されなかっ
  たのが、悔しかっただけで!」
 「ほほぅ。ありがとよ」
 「何ですか! そのにやにや顔は! 大体ですね! 先生が煙草吸いすぎなのがいけない
 んです! だから、消毒薬の匂いがしなくなっちゃうんですよ!」
 突込みどころ万歳の主張だったが、ここは、褒められていることだし。
 大人の俺が引いてやるさ。
 「本当に、感謝してるぜ。俺だって。認められりゃあ、嬉しいからな」
 髪の毛をくしゃくしゃにしてやれば、一瞬きょとんとした、奴の顔が、ぱあっと赤くなった。
 自分が、かなりの勢いで俺を褒めちぎっているのに、気がついたのだろう。
 全く。
 ガキなんだよなぁ。
 「わかれ、ば! ……いいんです。紅茶と蜂蜜。ありがとうございました」
 「おう。せいぜい、蒲団の中に潜って、ちぱちゅぱ楽しみやがれ」
 「な! そんな恥ずかしい事は絶対にしません!」
 そっか?
 俺は、ヒューズ坊に相談受けたんだけどなぁ。
 こっそり布団の中で固形蜂蜜転がす音が、ナニしゃぶる音に似てて、同じテントで寝てる
奴等が、目を爛々とさせちまうんで、困る、ってよ?
 「ちゃんと! 三時のおやつに頂くんです!」
 そんな捨てセリフを残して、足音も荒く去ってゆく。
 これでまぁ。
 エッガー大佐に頼まれた、奴のご機嫌浮上と、ヒューズ坊に頼まれた夜の相談。
 一気に二軒クリアだ。
 俺って、働き者だよなぁと、一人ほくそ笑みながら。
 奴が飲み干して行ったマグと、自分のマグを水の入ったバケツの中に投げ入れた。




                                                  END




 *そうして、益々先生はマスタング・マスターの名を欲しいままにしてゆくのです!
  エッガー大佐と先生は結構仲良しさんだと良い。
   気の合う煙草仲間な感じで。
   そうして、二人揃ってロイさん、可愛い語りをすれば良いよ!
  そこに、キン様とグラン准将が入れば最強だな。
  イシュヴァールを書くと、ヒューたんやリザよりも、大人な方達を書きたくなる模様。

                               2009/05/31



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