「だろうさ。随分と一生懸命だったみたいだしなぁ。よく懐かせたもんだ」
「お褒めに預かって光栄ですが、貴方程ではないですよ。ノックス医師」
「ふん」
マスタングが俺に懐いているのは周知の事実だ。
何故懐いているのかはわからない。
ただどうにも、自分を壊す物だと認識しているマスタングは、治す者に憧れるらしい。
軍医は他にも数多いたが、たまたま俺は火が関わるあらゆる怪我や病に強かった。
それが奴の同族意識を刺激したんじゃないかと、想像している。
特に用件がなくとも、このテントを訪れて、とりとめない事を話してゆく。
別に親身になる訳でなし、否定的な物言いも多いのだが、奴の足が遠のく事はなかった。
「で、お前さん。一体わざわざ何を言いに来たんだ?俺ぁ、お前らの関係を吹聴する趣味は
これっぽっちもねぇぜ」
腕組みをしつつ、鼻を鳴らしてやる。
ぶっちゃけキンブリーは更迭でもなんでもされてしまえば、軍の為だと思うが、それをやって
しまえばマスタングも無傷ではすまない。
マスタングのこれからを、易々と潰す気はなかった。
「そんな事はわかってます。貴方がロイさんの立場を悪くするような事は天地ひっくり返って
もないっていうのは、ね」
先刻から溜息ばかりをついている、奴は一際、大きな溜息をついた。
「回りくどい物言いも趣味じゃありませんし。この際はっきり言わせて頂きます。ロイさんに、
手。出さないで下さい」
「はぁ?」
「私のように、ではないと思いますけど貴方。ロイさんが可愛くて仕方ないでしょう?」
「奴が可愛いってかぁ」
お前それは、惚れた欲目って奴だろう。
そりゃ、ガキっぽい所は面白いとは思うが、可愛いってーのはなぁ。
ねーよな。
「そう。一生懸命で真っ直ぐで、健気な所。しかも、天然。堪りません」
「あーなんつーかこう、ご愁傷様」
想像以上にキンブリーが、マスタングにめろめろなのを知らされて、胸焼けがしてくる。
「……敵に塩、送るみたいで嫌だったんですけど。ちゃんと牽制しておかないと、どの道まず
いかな、と思ったんです」
「塩?まぁ、砂糖送られるよりは好みだが……」
「……ロイさんが、貴方に惹かれる理由がよくわかる気がしますね。貴方の反応は、イチイチ
あの人のツボです」
「俺は普通に会話をしてるつもりなんだがなぁ」
「私を含めて、あの人と普通の会話を成立させられる人は少ないんです」
それは、まぁ。
わからんでもないかな?
部下連中は大半あいつに憧れているが、気分は高嶺の花なので余程気合の入った奴じゃ
ないと話しかけるのも難しい。
上官連中は大半あいつを煙たがっているから、邪険にして揚げ足ばかりを取りたがる。
まず、まともな会話は成立しない。
エッガー大佐のようなマレな例もあるが、あの出来た男も忙しい。
マスタングばかりを見ている訳にもいかんだろう。
だいたい、最前線を飛び回っている奴だしな。
掴まえるのも難しいだろうしよ。
ヒューズ坊は、まさしく親友って奴だ。
が、マスタングに近すぎる。
リザちゃんは、これまた妹って奴。
これも近すぎる。
なんてーかこう。
友人とか同僚の括りで、心の一部でも預けられる人間が確かにマスタングにはいないのだ。
本人の取っ付き難い性分ってーのもあるんだろうが、もう少しこう。
人を信用してもいいんじゃねーの?って思う時はあった。
「ですから、一歩。この先へ進まないで下さいと言いたかったんです」
「……杞憂なんじゃねーのか?例え俺が進んでも奴さんは動かんだろうが」
「……貴方が動けばあの人。喜んで動きますよ。何せ今の私の立場に、私が居る事が
耐えられない人ですから。もし、ノックス医師。貴方が立候補したら私なんぞはすぐ
に、捨てられてしまうでしょう」
「まさか!俺ぁ、男を抱く趣味もないし。あいつだって元々んな趣味もねーさ」
「本当に?そうですか。しかし、実際あの人は私に抱かれますよ。ご存知でしょう?私に抱か
れるあの人を見て、嫌悪しましたか?」
嫌悪は、しねーなぁ。
一生懸命だなーとか。
ああいう必死な面も面白いねぇとか、思ったけど。
「あの人が、自分にだけ見せる甘えたな顔、見てみたくありませんか?」
……キンブリーよ?
お前さんもしかして、俺に奴を奪って欲しいんか?
何だか、そそのかしている風にしか聞こえないんだが。
「どうなんです?ノックス医師」
「……や、どうもこうも。いきなり、んな事。畳み掛けられるように言われてもなぁ」
「手を出さないでくれますね?」
「出してくれと、言っているようにしか。聞こえんぞ?」
「っつ!」
驚愕と嫌悪。
驚愕はさておき嫌悪って?
何だか俺に向けてじゃねーみたいだし……。
「私も大概、馬鹿ですね……恋敵に不安ぶちまけてどうするんでしょう」
あ。
そーゆうこと。
「俺が医者だって頭がどこかにあるんじぇねーのか」
「カウンセリング、ですか……私のロイさん病は深過ぎですね」
「自覚があっても、止められない辺りがまた、な」
何だか面白くなってきたんじゃねーの?
あの、爆弾魔が。
狂気の存在が恋に溺れるなんざな。
見ようたって見られるもんじゃねぇ。
まー別に見たくもないが。
どっちかっつーと、マスタングの甘えたな顔の方が見ごたえはあるだろうよ。
俺とマスタングに未来はねーが。
マスタングとキングリーじゃ絶望しかねーもんなぁ。
「心配するな。紅蓮の錬金術師。マスタングがお前さんとの関係を俺に相談してこなきゃ
あ。俺が出張るこたぁねぇさ」
「……それがね。相談しそうな勢いだから困ってるんです!」
んー。
そんだけ、こいつの愛情は重いんだろう。
マスタングの奴は情が深いから。
応え切れないのも、辛いに違いない。
「個人名を出さんでも。相談されたら。悪いが恋敵だ」
「ノックス医師!」
「無意識の内に炊き付けた、自分を呪えや?」
「んとに、性質悪いっつ!」
がたっと、イスを後ろに転がす勢いで立ち上がったキンブリーは、入ってきた勢いのままに、
出て行ってしまう。
「ああいう風には。執着できそうにないがな?」
お前を甘やかすの、結構俺は旨いみたいだぞ。
……マスタング。
さてさて。
これから先、どうお前さんが俺に関わってくるかはわからんが。
縁深くなりそうな気はするぜ?
紅蓮の錬金術師に、負けない程度には、な。
END
*ロイさんに嵌る理由が、面白そうだからという、ある種病んでいる先生。
まぁ。こんなのもありかなーと思いつつ。
しかし、ロイさん。どうやって先生に相談するんだろう。
ちょっと書いてみたい気もしないでもないです。はい。