秘密
それを目にしたのは本当。
偶然だった。
『んっつ……は……く…んっつ……』
押し殺しても押し殺しても漏れてしまう、甘い吐息。
『よせっつ……もう……』
若いねぇ?と思いつつも、覗き見の趣味はない。
けれど思わず足を止めたのは、それが知っている男の声にとてもよく似ていたからだ。
『……声、殺さないで……もっと…聞きたい…』
ちゅん、と濡れた音。
あれは、間違いない。
口付けの音。
『馬鹿……言ってるな……何時…人…来るか……ふ!…っからない、のに』
はいはい、ここにいるんだよなぁ、これが。
と、一人で突っ込みを入れてみる。
が、勿論二人には聞こえない。
『いいじゃないです?……貴方のイイ声。聞かせてやりましょうよ……ねぇ、ロイさん』
……やっぱり、か。
よりにもよって、犯されている。
や、抱かれている側とはな。
俺が知る奴は、男に股開くくらいなら、死んだ方がましだって奴だったから。
多少の驚きはある。
『冗談じゃなっつ……だからっつ……そこ、もぉ、よせっつ……ジェイっつ』
ジェイ、という名前と声の主が一致しないので、しばし考える。
で、思い至った。
奴の、ミドルネームが確か、Jだった。
『ああ……いいですね。貴方にそうやって、呼ばれるの。堪りませんよ』
『……っつく、これ…いじょ、おおきく……する、なっつ』
『って、言われても、貴方が締め付けて、絞り上げるから。大きくなるんですよ?』
困った、人。
と、掠れた声は。
明らかにマスタングを好いている声だった。
あの、キンブリーを手懐けるとは、さすがだなぁ。
『うるさい!…自己っつ…ぼーえい…ほん、の……だ!』
そんな甘ったるい声で否定してもな。
説得力ねーぞ?
しかし、意外な組み合わせだよなーと首を傾げながら、俺はそっとその場を後にする。
奴らの気配が消えて、大きく息を吐いた。
「何だ俺は、緊張してたんか?」
と一人呟き。
「そりゃそうか」
と一人突っ込みを入れた。
マスタングにばれたら泣かれそうだし、キンブリーに気づかれたら殺されそうだ。
ボウズを泣かせたくはないし、奴に殺されたくもない。
「どっちから持ち込んだんかぁ知らんが。ちょっとシャレにならん気がするんだけどな」
何で、親友のヒューズがマスタングの相手ではなかったのだろう?
戦場で二人の仲は、知れていて。
そーゆー関係にあるのだと、信じて疑わない者もあった。
俺ですら、そう思っていたというのに。
「まー親兄弟とはやれんか……」
ヒューズでは、マスタングに近すぎたのかもしれない。
永遠を共にしたい相手とは、寝ない方が長く持つ。
同性ならそれは、尚の事。
刹那の相手に選ぶのならば、切って捨てられるくらいに思っていた方がいい。
いい、けれど。
「キンブリーはなぁ……」
まずいんじゃねぇのかなー。
俺は周りに人が居ないのを一応確認しながらも、ぶつぶつと呟きながら自分のテントへと
向かった。
「失礼します!」
ちっとも、失礼なんて思っちゃいないだろう、お前?
急患でもあれば別だが、基本的にテントの外『治療中』の札をぶら下げてあれば、入ってくる
のにもう少し躊躇するのが普通だ。
しかし、今入って来た男は、わざわざ声をかけたのですから十分でしょう?と言わんばかりの
勢いで、テント内まで入り込んできた。
入り口の布が今だひらひらしているのを見れば、奴がどれ程の勢いで入って来たか伺い知れ
るというもの。
「……治療中だ」
「急患です」
「どこがだ?」
「目に見えないところが、です」
どうせ、何を言っても聞きやしないんだろう。
目の前で、キンブリーの登場にすっかり怯えてしまった男の治療も、ほとんど済んでいる。
俺は深々と溜息をつきながら、包帯止めをして、治療中だった男に声をかけた。
「……これで、一応大丈夫だと思うが、何かあったらまた来ればいい」
「はいっつ!ありがとうございました。ノックス先生。お急ぎの所に失礼致しました、キンブリー
少佐殿」
俺よりも奴を気遣って、更にはびしっと敬礼したのに奴が返したのは、掌での、追い立て仕草。
しっつ!しっつ!
キンブリーのすっ飛んだ怖さは知れ渡っている。
そんな失礼な行動にも、返事があったのがこれ幸いとばかりに、男はもう一度一礼して大急ぎ
でテントを出て行った。
「ノックス!」
「まぁ、待て。こいつを下げてくる」
奴の目の前『急患治療中!』の札を突きつける。
これを下げておけば、早々に入ってくる人間はいやしない。
密談には持って来いなのだ。
「で、どこも悪くないお前さんが、俺の所に何の用だ?」
「……わかっていらっしゃるんでしょう?全く、ロイさんに聞いていた通りに腹黒い方だ」
「ふん。てめぇの足元にも及ばないがな?」
ずいと、患者用のイスを指差せば、俺の顔をイスを交互に見たキンブリーは、はぁと深く溜息を
ついて、イスに腰を下ろす。
それを見届けて俺も自分のイスに座った。
「見て、いらっしゃいましたよね?」
「んだ。気がついていたんか」
存分に溺れている風に見えたが、ま。
あすがにあの状況で二人ともが理性を手放すわけにもいくまい。
「ご安心を。ロイさんは気がついてませんから」