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 先生


 私が先生と呼ぶのは生涯ただ一人。

 「先生?」
 「……どーした、まだ眠れんのか。あれだけ、したのに」
 額の上、まるで子供にするように穏やかで性的な意味合いなど欠片もない口付けが、そっと
届く。
 「だって、明日は、また。大量虐殺ですよ。興奮して眠れる訳、ないじゃないですか」
 毎日毎日罪もない人々を殺す。
 自分が死んだ方が余程マシだという気分を味わう。
 でも、死にたいとは思わない。
 私には、先生がいて、くれるから。
 「……薬、打ってやろうか?」
 暗に殺してやろうかとも言われて、私は首を振る。
 「先生自身が私のお薬ですから。そんな薬は入りません」
 先生とて、毎日望まぬ殺戮を強いられているのだ。
 私とは違う戦場で、日々戦っている。
 本来ならば助けるはずの人間を、殺さねばならない葛藤が、どれほど辛いかなんて抱き合っ
ていればわかる。
 本来はとても。
 とても優しい人なのだ。
 私を、自分が打つ薬で殺してしまった日には、きっと。
 自分を許してはやれないだろう。
 だから、決してそんなコトはさせない。
 「俺にとっちゃーお前さんは麻薬だよ。ったく。こんな親父を搾り取ってどうするさ」
 「どーもしませんよ。二人で生き残るだけです」
 正気のままで。
 奥様とお子さんの下へ、この人を帰さなければ。
 誰より、愛しているから。
 私は、彼を普通恋人が呼ぶようには呼ばない。
 先生とだけ。
 呼ぶ。
 少しでも貴方の心から、不倫をしているのだという罪悪感を薄くするように。
 もしくは、この行為は私が正気を保つ為の治療行為なのだと、思い込ませるように。
 「二人、生き残るか」
 生き残って、どうするんだと、言いたい気持ちはよくわかったけれど。
 死んで償えるほど、少なくとも私の罪は軽く、ないから。
 「そうです。生き残る為に、何度でもしましょう?」
 「何度でもって、言われてもなぁ」
 いい加減、勃起せんぞ?とからかうように瞳を覗き込まれる。
 これは、先生がその気になった時にする、仕草。
 勃起しないというのなら、するまで愛撫すればいいだけの話。
 「指?口?それとも、ここで?」
 私を抱えている先生の太ももに、あそこを押し付けるようにすれば、孕んだままだった先生
の精子が、とろっと滴って太ももを汚す。
 「ここ、すぐにでも入れそうだな」
 指先が開きかかっている花びらを、僅かに押し広げる。
 戦場にもかかわらず綺麗に切り揃えられた爪は、医師である証。
 私の身体を愛撫するに都合が良い、それ。
 「入れますか?」
 「どうかな、微妙だ」
 言いながら、まだ抜き差しには早いが、どうにか押し入ってこれる程度に生やわらかい肉塊
が、入り口にあてられる。
 ひくっと中が蠢いて、先生が孕ませてくれた精液ではない粘液が滑り落ちてきた。
 「もう、滴るほど濡れちまってんか」
 困った風にも、嬉しそうにも聞こえるので。
 「ええ。早く先生が欲しいですから」
 私は満面の微笑という奴を湛えて、先生の首筋を引き寄せた。

 「しっかし、お前さんも感じるようになっちまったなぁ」
 「いけないですか?」
 先生に抱かれるまで、私はSEXが心地良いなんて思った事はなかった。

 初めては強姦で後のほとんどが輪姦。
 何故子供を孕まなかったかといえば、閣下が卵巣を殺してしまったから。
 私の存在は後世に受け継がせるには、あまりにも危険だと言われて。
 卵子を生み出す機能だけを、殺された。
 殺す役を無理矢理押し付けられたのは、ドクター・マルコー。
 麻酔から抜けて、目が覚めた私が最初に見たものは、泣き腫らしたドクターの瞳。
 イシュヴァール人のように、鮮やかに赤かった。
 すまないとも、許してくれとも言えなかった。
 ただただ目を赤くしていた、優しい人。
 恨める訳がない。
 元々は、生真面目で優しくて全ての医療行為に秀でた医者だった。
 優秀すぎたのかもしれない。
 治療の為と言われて。
 不治の病をも治せると思い込まされて、賢者の石を生み出してしまったくらいに。

 閣下に賢者の石を指輪にしたものを、恭しくキスと共に嵌められて挑んだ殲滅の場に、ドク
ターも居た。
 殺した私よりも、真っ青な顔をして。
 何もかもが灰燼と化した砂の中に顔を埋めて、甲高い絶叫を上げていた。
 自分が、殺されているかのような断末魔の悲鳴だった。

 可哀相にと思う気持ちが強くて、やっぱり憎めも、恨めもしなかった。
 全ての負の感情は、閣下へ。
 全ての正の感情は、先生へ。
 注ぎ込める今の現状は、悪くはない。
 人殺しの日々はうんざりだが、それを癒してくれる人がいる。
 すっかり淫乱になってしまった、身体も。
 壊れかけてゆく、精神をも。

 「いやいや。俺としては嬉しいぜ?俺で感じるようになったってーんなら、尚の事。男冥利に
  尽きるだろう」
 「ぷっつ!」
 「…んだ?」
 「先生が男冥利って……似合わないなぁ、と」
 「ふん。言ってろ。お前と一緒にいると俺は似合わない事だらけだからな、今更だ」
 ちゅっと、額に口付けが届く。
 微かな感触が面映い。
 抱かれてきた男は数知れないが、額へ口付ける人間は数えるほどだ。
 特に先生にされる口付けは、慈しまれているなぁと思えて、心が安らぐ。




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