クソガキ
『…じたばた……大人……しろって!』
5。
『…さいっつ!……この……までも……』
4。
『いい、加減……往生際……』
3。
『お前こそ……言って……』
2。
『ここまで来て、じたばたすんなってば!』
1。
『この程度で先生の手を煩わせたくないんだ!』
0。
「……ゼロっと」
頭の中のカウントを、口に出した途端。
個人情報漏洩防止という、笑っちまうようなお題目の結果。
他のテントよりは、数ミリばっかり布地の厚い入り口の布が、ばっと跳ね上げられた。
俺の所に来る怪我人は、こいつらだけ。
後は死体ばっかりなので、何時もだったら布は、いっそ静かで恭しいばかりに持ち上げら
れるのだが、クソガキどもの手に掛かれば、ま。
こんなもんだ。
「先生急患です!」
「違います!私は何ともないですからっつ!」
「……何ともないか、あるかは、医者である俺が決める事だ。ヒューズ。マスタングを抑えて
おけ」
「アイッサー!せんせ」
ほとんどが、マスタングの指定席となっている、イマヒトツ回転の悪い回転椅子の上、マス
タングの肩をきつく抑えたヒューズが、無理やり座らせる。
「で、どうした?」
「ですから……」
「マスタングに聞いちゃいねーよ」
「……患者は一応私なんですが、先生」
「自分の容態をわかっちゃいない上に輪をかけて、過少報告すっからなー、お前さんは」
ま、ヒューズに任せれば、大げさに報告してくるから、どっちもどっちって話もあるがな。
「先生のおっしゃる通りですよ、ったく。見てるこっちの方がひやひやしっぱなしでした。これ
ですよ、これ」
くるんと回転椅子を半回転させて、マスタングの背中が俺の真正面に来る位置で止めると、
勢いもよくマスタングの上着を下着まで一気に巻き上げた。
何時もの事ながら、見事な脱がせっぷりだ。
朝早くからの作戦。
一緒のテントの中、寝惚けて使い物にならないマスタングの服を下着から着せてやるのは、
ヒューズの役目。
だからこそ、こんな突拍子のないストリップもやれるのだろうが。
「マース!」
恥ずかしかったのは、わかるから。
そんな甘えたな声を出さんで欲しい。
こちとら枯れ気味とはいえ、性欲が無い訳じゃあないのだから。
「診て下さい、先生」
「……ああ」
真っ赤な目で、ヒューズを見やるマスタングと。
そんなマスタングを目線一つで慰めている、ヒューズ。
あーもー。
俺にどうしろってんだ?
……治療すりゃいいだけか。
俺がクソガキどもに感化されてどうする。
ったく、人前で自覚も無くいちゃいちゃするのが、悪いんだ。
「んだ?練成しくったんか」
「正確には、失敗させられた……が正しいですよ、先生」
「俺にとっちゃあ、一緒だ」
「はぁ。そうですけど……」
不満そうだな。
クソガキ、その1。
まぁ、お前さん的には、マスタングをそんな陰謀から守れなかったのが悔しいんだろうがな。
「しかしまー。よくこの状態でここに来られたなぁ」
マスタングの背中は全体が無数の火ぶくれで覆われていた。
本来なら、シャツを脱がすのにも慎重に、水泡を潰さぬよう神経を使わなくてはいけない。
ヒューズが、一気にシャツを脱がせられたのは、水泡の表面がかなり乾いていたからだ。
「……焔に関する練成なら、鍛えられていますから。水泡の表面を乾かすくらいの熱風を
生み出すなぞ、造作もないことです」
と、マスタングは簡単には言うが。
造作ないという表現から、実際の作業は程遠い。
マスタングでなかったら、背中の皮膚がべろりと剥けて、速攻で二次感染の挙句、死に直結
するレベルの怪我にまで悪化しただろう。
砂漠の乾いた砂粒一つも、火傷には殺傷能力の恐ろしく高い凶器となっている。
ましてや水や医薬品が万年不足の状態では、些細な怪我でも火傷でも、命取り。
「どうせだったら、水泡の中身が蒸発するまで頑張ってみれば、俺としても楽なんだけどよ?」
大きな水泡の水抜きならまだしも、全て攻略する頃には、ヒューズの手を借りたって夜が明
ける。
「……加減が、わからないのですよ。途中で止めて頂けますか」
まー背中は自分じゃ見えないしな。
「そりゃ、無論…あークソガキはテントの外に出ておけや」
最もな提案に頷くと、俺はクソガキ、その1を追い出しにかかった。
「どうしてですか?」
「邪魔」
「ノックス先生!」
「心配なのはわかるし、見てたいのもわかるけどな。マスタングも俺の気も散る」
俺はさておき、マスタングの集中力は限界のはず。
ヒューズを心配させないようにと、懸命に自分を保っているのが良くわかるから。
まー普段でもあれば、その辺り気が付かない間抜けでもないんだが、そんだけマスタングが
心配なのだろう。
「……落着いたら」
「ちゃんと呼んでやる」
ひらひらっと手を振って見せれば、不承不承ながらも背中越し、クソガキが出てゆく気配。
ちらりとそちらを向いたマスタングが、小さく頷いてみせる。
大丈夫だ。
と、言った所だろう。
「おら、ボウズ……寝ておけ」
俺は、とんっつ、とマスタングの後頭部を押した。