「そんなに邪険にしないで下さい……一応怪我人なんですよ?」
「ああ?……痩せ我慢が出来るうちは、怪我人扱いしてやるもんか」
「……先生!」
「ヒューズ坊には、聞こえんさ」
ほれ、寝ろ!と尻をぱんぱんと叩く。
背中が引き攣れるのだろう、緩慢な動作で、マスタングはベッドの上。
うつ伏せに寝そべった。
「気絶しとけ」
「……センセ?」
首を捻じ曲げての、訝しげな顔。
「正直まぁ。よく意識保ってらーなぁってレベルだ。治療がすんだら起こしてやるから、大人し
く気絶しろ」
あぁ、よく我慢したさ。
額に浮かんでいるのは脂汗。
しかもべったりと髪の毛が張り付いている。
ヒューズ坊が気がつけなかったのは、お前が上手く隠していたからと、怪我の酷さに動揺し
きっていたから。
「でもっつ!」
「いいから……どうしても、このまま治療を受けるというのなら、失神するくらいきっつい薬を
使うぞ!」
「……すみません」
謝った途端、限界に達したのだろう。
こてん、と首が落ちた。
前後のやり取りを見ていなければ、死んだのかと思う呆気なさと、壊れかけている風情。
「……こんなオシメも取れとらんようなガキ使って、お偉方はナニをしでかしているんだか
な」
服で隠れている部分は真っ白く、ほとんど傷のない体を綺麗なもんだとか思う前に、腕を
取る。
最初に出会った時よりは一回りは細くなっているだろう。
ひっくり返してアルコールを浸した脱脂綿で軽く消毒すると、痛み止めを注射する。
中の薬液を全て吐き出させ、消毒液に突っ込んでから、更に軽く火で炙って滅菌。
化膿止めの薬液を吸い上げる。
同じ手順を踏んで、発熱を促す薬液と睡眠薬も吸い上げて、きっちり規定量を打ち込んだ。
薬への耐性は元々強い奴ではあったが面倒なアレルギーがないのはありがたかった。
額に手をあてるが、まだ発熱はない。
とっとと体内にある熱を吐き出せたいので、熱冷ましではなく、発熱を促す薬を使った。
ま。
これならば、昏倒している状態のマスタングをヒューズに見せてやれる。
奴も、怪我からの発熱だといえば、不安そうにしながらも引き下がるだろうから。
弱みを見せたくないマスタングと、何でも知っておきたいヒューズのどちらの要望も多少な
りとも満たしてやれる。
「ったく。手間かけさせやがる」
怪我や病ならいざ知らず、こんな七面倒くさいことまでやる羽目にはるとは。
「まぁ好きでやってるっちゃあ、やってるんだがな」
今度は水泡の中に溜まっている水を蒸発させる作用の薬を、掌にたっぷりと取って、表面
を掠めるようにして満遍なく塗り広げてゆく。
未だ乾いていない傷口に触れられれば、失神から飛び起きるぐらいの痛みはあってしか
るべきなのだが、マスタングは浅い呼吸を繰り返しながら、長い睫すら、ぴくりとも動かさな
い。
負の産物ともいえるこの薬は、軍部外秘の逸品。
ボウズが自らの背中を適度に炙らなくても、多少の時間は要するが、水泡は跡形もなく
消え失せる。
「……こんな無茶してまで。やるべきことじゃねぇんだがな」
この戦争は、おかしいと。
正気の人間ならな誰しもが思っているだろう。
だが、それを咎められないのは、トップに立つキング・ブラッドレイの意向がイシュヴァール
人の殲滅にあるからに他ならない。
強い、存在なのだ。
意を唱えた者は全て、皆イシュヴァール人よりも苛烈に残酷に滅殺されてきた。
マスタングを含めて、殺された良識のある人間の痛みを抱えて尚、唇を噛み締めながらも、
殺戮に耐えるのは。
これ以上味方に、無駄な被害を出さない為。
何時かは牙を剥いて、狂った世の中を変える為。
そうでも思わなければ、今すぐにでも壊れてしまいそうな、自分の、為。
「今は……耐えるしかねぇ」
俺は、まだいい。
大人って奴だ。
それなりの割り切りもできる。
そりゃあ、出来ない面も多々あって、大人だからって痛みがないなんて都合よくもいかない、
けれど。
ガキのこいつらよりはずっと、マシだ。
より多くの逃げ方を知っているから。
「だけどなぁ」
一番簡単である、己だけを大切にすれば良いという自分の決め事と、覆されそうになっている
自分がいた。
「特に、お前のせいだぞ、このクソガキが」
何が気に入ったのか、無愛想で仕事も投げやりな俺に纏わりついてきやがって。
挙句の果てに、こんなにも無防備に肌を晒す。
……必死に頑張っているお前さんの努力も知らずにな?
お前が俺に懐いてるって勘違いした上官殿が幾人も、上手く始末しろと脅しにくるんだぜ。
奴等もバカだよなぁ。
何で俺が他の医師と一線を引いてるのかって、群れるのと上官に媚諂うのが苦手なんだって
コトを、ちっとも分かってないんだから。
だからまぁ、な。
こんなにもお前さんが気になるのは、こう。
上がやいやい言ってくるせいだと思ってた。
正確には思い込もうとしてたんだろうな。
少し前から、どうにもお前が気になる。
「……惹かれてるらしいぜ?」
女房子供いるんだけどなぁ。
不倫する男の気持ちなんざ欠片もわからんかったが、今なら幾らかはわかる。
別次元にイトオシイと、そんな風に思う。
この、真っ直ぐでがむしゃらなクソガキが。
誰も傷つけたくなくて、自分ばかりを傷つけて、ひっそりと落ち込んでいる馬鹿なボウズが。
親友だけに見せているはずだった、屈託ない風情を晒すようになった、お前さんが。
「好き、みたいだ」
口に出すと、益々気持ちが盛り上がる。
「やべぇなぁ、おい」
お前さんには、片割れとも言うべき存在がいる。
肉体関係だってあらぁな?
入り込む隙なんざぁ、ねぇ。
でも、俺は大人、だからな。
二人の間に入らなくても、背後から回り込めるんだよなぁ。
今は、まだぎりぎり迷ってる。
この感情は、お前も俺をも殺す。
だが、後何度か。
こんな風に、全てを曝け出されちまうと、すっと何もかもを吹っ切っちまう気が、する。
「……先生…ノックス先生…まだ、入ったらマズいですか…」
テントの向こう、待ちくたびれてしまったのだろう、それでも随分と控えめな声が届いて、
俺は随分と深く沈んでいた思考から、急激に引き戻された。
「ああ?ちっとだけ待てや」
白い肌。
背中の、傷がない場所に口付ける。
唇に届いたのは発熱した、独特の温もり。
下半身がざわめいて、苦笑する。
盛ってる場合じゃねぇっての。
我ながら名残惜しげに、唇を離して、煙草に火を点けた。
ベッドヘッドの側にある椅子の上にどっかと座って、鷹揚にテントの向こうに声をかける。
「入っていいぞ、ボウズ」
途端、天井まで跳ね上がったテントの布が落ちるのも待たない素早さで、マスタングの側
に走り寄った、ヒューズが烈火の眼差しを向けてくる。
容態の説明をしろ!ということだろう。
何故、こんな酷い熱が出たのか!と、責めてもいる瞳に苦笑して。
俺はゆっくりと口を開いて、マスタングの容態の説明を始める。
何時か、こいつと。
マスタングを取り合う日が来るのかと、ぼんやり思考を巡らせながら。
END
*ENDマークをつけておいて、アレですが。
ロイたんを取り合うヒューと先生が見たいわ(苦笑)
誰か書いてくれないかなーと思いつつ。
自分で書くしかないんだろうなぁとも、思いつつ。
とほほん。