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 共犯者


 
地獄、という表現すら生温い。
 と、低く笑うしか出来なかったイシュヴァール戦線で。
 狂いかける私を、支えてくれた一人の医師が居た。
 フルネームは、そういえば知らない。
 私はその人を、ノックス先生と、呼んでいた。
 ぶっきらぼうな口調と何時も人を小馬鹿にした態度に閉口しながら、それでも。
 彼を、深く。
 敬愛していた。
 他に敬愛する人と言えば、エッガー大佐とドクターマルコーしかないなかった私にとって、
ノックス医師はただ一人。
 国家錬金術師の称号を持たぬ、尊敬できる存在であった。
 よく火傷をする患者と、呆れながらも丁寧な治療を施してくれる医師との、優しくも穏やかな
時間は長く続かずに。
 大総統閣下直々の命令により、人を焼く者と焼かれた人をを鑑定する者というおぞましい
関係にならざる得なかったけれども。
 そうあって私は彼を、敬愛していた。
 ……していたと、思っていた。

 それが、敬愛ではなくて。
 いわゆる、恋人思う愛情であると知ったのは、皮肉にも彼と離れて後。
 更には、彼しか愛せないのだと自覚したのは、仕組まれた罠によって私の身体が女性の
それへと変化を遂げてしまった時であった。

 「……たぁいさ?」
 後ろから抱きつかれて、ぎゅうっと痛いくらいに強く胸を揉まれる。
 ハボック好みの巨乳だから、まぁ、仕方ないのかもしれないが痛いのは嬉しくない。
 元々が男性だったせいもあって、女性特有の羞恥は薄いようで、ハボックが私の胸を揉んで、
仕事により熱心に励むのは悪くないと思っているから好きにもさせてきた。
 ……が。
 痛いのは、やっぱり嫌だ。
 「ハボック少尉。胸を揉むくらいで眉根を顰める程、狭い了見の持ち主ではないつもりだ
  がね?お前、最近強く揉み過ぎだ」
 「……だって。最近の大佐殿ったらフェロモン垂れ流しなんですもん。俺が牽制しなかったら、
  一般兵に囲まれて輪姦万歳ですよ?」
 「むぅ!」
 意識して垂れ流している訳ではないが、無意識に漂ってしまう自覚はしていた。
 「ついこの間も、ちゅーさに言われたばっかりじゃないですか。『ロイ……俺は不倫なんざ
  できんし、したかねぇんだよ!』……って。すっげーぇ困った顔して」
 「う!」
 女性化してしまってからも、ヒューズは変わらぬ熱い友情をくれた。
 否。
 くれているはずだった。
 が。
 ハボックと同じように、私の…ヒューズが言う所の…構ってフェロモンの誘惑に押し流されて
しまいそうで困ると、苦言を重ねてくるのだ。
 『ロイ君が女性化してから貴方。ロイ君を語る時の目の色が、駄目な感じよ?』 
 と、グレイシアに呆れられたらしい。
 『このままじゃ、らぶらぶ夫婦に存亡の危機だ!』
 と、愚痴られるのにも、その癖。
 中央から東方へ来る頻度は日増しに増えてゆく。
 「誰かね?決めた相手作った方がいいっすよ。俺とかちゅーさとかに、されちまう前に」
 「されちまうとか、言うな」
 「だってホント。マジでヤバイんですって。俺の自制心だって限界はあるんすよ?勿論
  ちゅーさにもあると思います」
 ぐりぐりと押し付けてくるハボックのアレは、硬く大きくなって、お互いのスボンが隔てても
尚、熱い脈動がつたわってくる。

 ハボック曰く、目の前に容姿どころか性格から公式設定まで理想にぴたりとあった相手が
側に居て、盛らない方がおかしいとの事。
 『ナンだね、その公式設定は?』と、尋ねたら。
 『俺、上官好きーなんですよねぇ』と、ぼそり、呟かれた。
 まぁ、男は大好きだしな下克上。
 「もういっその事。俺にしてくれません?食事の世話からSEXのお相手まで、『大佐がもう
  いらんわ!』って音を上げるまで尽くしますけど」
 「うーん」
 「あ!いけね。これ言わないとね。愛してます」
 「そんな。取ってつけたように言われても……」
 「……重くしていいんなら、しますけど」
 すっと息が吸われ、僅かに吐かれ、強くなった抱擁の中。
 耳朶をやわらかく噛んで後。
 「愛してます。ロイさん。俺だけの物になって……」
 うわ。
 煽るんじゃなかった。
 低く、低く耳元で囁かれた告白は、欲情に塗れていても本気の響きに満ちていた。
 「……すまん。お前じゃ無理だ」
 近くに居過ぎる。
 楽過ぎる。
 構われ過ぎて、愛され過ぎる、結果。
 私が、駄目になる。
 「はぁ。まーこやって胸揉ませて貰って、でぃーぷなちゅうを許して頂いてる辺りで満足せにぁ
  ならんのは、わかってるんですけどね……アンタ好きな人いるんでしょ?」
 「好きな人っていうか……」
 焦がれる人ならば、いる。
 女の体になった私を見て、一言。
 『俺は医者だ』
 くしゃくしゃっと、髪の毛を掻き混ぜられて。
 『秘密厳守で相談に乗るぞ』
 ぽーんと、肩を叩かれた。
 ただ一人、肉の匂いのしない反応だったのだ。
 妹のように思って久しい、リザでさえ欲情の色を乗せたと言うのに。
 「迷う時点でアンタ。その人にめろめろなんですよ。とっと告白しちまって下さい」
 「でも!あの人には奥さんと子供が……」
 「アンタの色香なら、奪い取れます」
 「はぼっつ!」
 「そーんな潤んだ目で訴えないで下さい。誤解しかできないっすよ?」
 苦笑が刻まれた唇が、額に落ちた。
 「告白して、すっきりしてきなさいって。玉砕したら、誠心誠意慰めますから」
 たぶん受け容れてくれるだろう。
 アプローチの仕方さえ間違いなければ。
 けれどしかし。
 それでいいのだろうか。




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