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  もらい泣き



  多分、後数十分も車を走らせれば、目的地に着くのだろうという山の中。
線のように細い新月が天高く上がった夜更け。
 村雨さんの運転する車は、だんだんと速度を落とし。
 ゆっくりと止まった。
 「道にでも迷った、とか?」
 遠くでは、ほうほうと、都会ではめっきり聞かなくなったふくろうの鳴き声まで
が微かに、耳に届く。
 「俺は誰かさんみたいに、方向音痴じゃあないな。ったく。一緒にしないで欲
  しいもんだ」
 「誰が何時、あなたを蓬莱寺さんと間違えるんです」 
 「……俺は一言も“蓬莱寺”なんて言っちゃあ、いないぜ?」
 「っ!……」
 指摘通り方向音痴な人間なら、もっといる。
 僕が名前を上げるなら、龍麻の方が妥当だろう。
 「ま、確かに俺は蓬莱寺の事を言ったんだが。紅葉さんの愛しい、愛しい。京
  一君」
 「……ここまで来て貴方がそれを言うんです?だったら僕を、龍麻の代わりに、
  誘ったりしないで欲しいね」
 考えないようにしている。
 どれだけ考えても、無駄だから。
 「それとも、あれですか。怖気ついたとか?………は…今更っ」
 龍麻が、村雨さんを好きになるとか。
 蓬莱寺さんが、僕を見てくれるとか。
 そんな儚い希望。
 夢よりも淡い。
 「本気で好きな相手を抱くんなら、怖気つきもするかもしれないが、な」
 「僕相手では、ないっていうのなら!」
 「なら?」
 「早く、行きましょう」
 仲の良い二人を見ていて。
 恋愛感情とはほど遠い関係にある、それでも僕達がうらやむほど近しい彼
等を見つめ続けるのに、疲れ果てて。
 こうして共犯者でもある、村雨さんと二人。
 逃げてきた。
 「そう急くなよ。俺達二人を、咎める奴なんていやしねぇ」
 いっそ、咎めてくれる人があったのなら。
 まだ救われたかもしれないのに。
 関係を知る周りの誰もが、僕達は好きあって一緒にいるのだと、疑いもしな
い。
 勘が良い、如月さんも。
 半身である、龍麻も。
 僕が焦がれる、蓬莱寺さんも。
 「楽しもうぜ?色々と、よ」
 ふっと、村雨さんの瞳が細められる。
 好きでなくても、近くにいればわかることは幾つかある。
 こんなまなざしをする時は、何だかろくでもないことを考えている時だ。
 僕が座っているシートが勢いよく倒されて、どっこらせっとばかりにギアとティ
ッシュボックスを乗り越えて、圧し掛かられる。
 「まさか……」
 エアコンの効いた車内。
 僕は一応ワイシャツを着ていたが、暑がりの村雨さんはハイネックのTシャ
ツ一枚で十分だった。
 ゆったりした造りの車でも、一つのシートに二人が乗ってはさすがにきつい
というのに。
 村雨さんは背中を屈めて、Tシャツを自分が座っていたシートに脱ぎ捨てる。
 「御察しの通り」
 降り注ぐ月の光が、村雨さんの顔に独特の陰影を落とした。
 鈍く光る瞳が、貪婪な獣のそれに、似ていて。
 「しようぜぇ」
 僕は、いつも。
 その瞳には……逆らえない。
 「貴方を乗せたままじゃあ、なにもできやしないよ。僕にどうしろと?」
 「お前さんに、どうしろなんていわねーよ。心配するな、欲しがるまでは、俺が
  奉仕すっからよ」
 レバーを引き、ぎりぎり後ろの座席までシート押し込んだ村雨さんは、少しだ
けできた隙間に身体を縮めて、入り込む。
 ちょうど僕が座っているシートに顔が乗るくらいの位置。
 「ほら、腰を浮かせろよ」
 ジーンズのスナップを外した途端、下着ごと引き摺り下ろされる。
 シートが直接素肌に触れて、冷たいのが気にかかった。
 眉を顰めただけだったのに、僕の考えがわかったらしい村雨さんが、にやっ
とばかりに笑う。
 「んな面しなくても、尻がひんやりなのも気にならなくなるさ」
 こんな場所で簡単に気分が盛り上がるはずもない僕の肉塊は、いきなり直
接的な空気があたってきて、縮こまり気味だ。
 「全く食べやすいサイズでありがたいこった」
 「……小さくて、悪かったねっ!」
 「何を怒ってるんだ?俺は誉めてるんだぜ。根元まで満遍なく食ってやれる
  からな」
 言葉通り、一息で根元まで飲み込まれた。
 「んううう」
 「おら、こんな山の中で声殺して、どうする。せいぜい可愛く鳴いてもらわな
  いとな」
 『誰が可愛くだ!』
 と反射的にでかかった罵声は、村雨さんの舌技の前に封じ込められてしま
う。
 僕は、村雨さん以外の男と寝ないので比べ様もないのだけれど、男しか好
きになれない百戦錬磨だって、この人ほど旨くはないと思う。
 ツボ所はわかる男同士といっても、当然個人差はある。
 男女間のSEXだって、お互い好きあって一生懸命でも感じあえないケース
だってあるのだ。
 そんな風に考えると、この人はしみじみ規格外なんだろう。
 男を抱くのだって僕が初めてのはずなんだけど。
 最初からいかされっぱなしなのは情けない話。
 上目遣いで見られて、思い切り良く吸われた後。
 にやりと微笑まれる。
 「こんなんじゃあ、イイ声が出る前にでちまうな?」




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