真昼の野蛮 村雨編

 
 我ながら『それはいきすぎだろうさ』とつっこみを入れたくなるようなことを始
めたのは、満員電車が退屈だったから。
 更にもう一つ言えば。
 二人きりベッドの上でだけしか乱れない恋人が、こんな公衆の面前で同じよ
うなことをされてどんな反応をするか見てみたくなったから。
 ……悪趣味なのは重々承知の上。

 たまたま二人の都合があったから何故か渋谷でもぶらつこうかと、言いだし
たのは紅葉。
 意外にも渋谷は紅葉が仕事でよく行く場所だったので、『どーよ?』と、問うた
ら『あそこは昼と夜とでは全く違う世界なので問題ありませんが』と返答が返っ
てきた。
 まー確かにそうだろう。
 俺も夜が更けた頃、高額の遊びをしたがる輩から金を巻き上げるために渋
谷に繰り出す度に感じる。
 昼も夜も子供ばかりが多いのは事実だが、その子供達を餌によからぬ事を
企む大人も少なくないのだ。
 質の悪い子供が真昼間っからたむろしている町でも、夜よりはずっと穏やか
な場所といえるだろう。
 紅葉が自分から何をしたいと言い出すのは珍しい事なので、一も二も泣く承
諾した俺だったが、いたく後悔した。
 時間を有効に使いたがる紅葉が『朝早く行きましょうね』といったのは、いい
んだ。
 前夜しこたま紅葉を抱いて気だるいまま、抱き寄せた手の甲を『早く準備し
てください』軽くつねられたぐらいで怯む俺でもない。
 ただやっぱり平日のラッシュな時間。
 幾ら駅の数が少ないからといって、埼京線に乗ったのはつくづく間違いだっ
た。
 波に逆らわないでいたら、俺達のがたいの良さももろともせず入り口とは反
対側のドアに押し付けられてしまう。
 「大丈夫か?」
 「……何とか」
 紅葉の顔が見える程度の隙間を作るのがようやっと。
 しかも着膨れラッシュと恐れられる冬の電車の中は、度を越して暑い。
 更にこの車両。
 暖房が、がいんがいんに効いている。
 夏の弱冷房車と同様に『弱暖房車』っちゅーものを用意してもらいたいもの
だ。
 いつもは涼しい顔をしている紅葉だったが、さすがに今日は頬を紅潮させ
ている。
 出掛けの朝の寒さがひどく、俺がしこたま重ね着をさせてしまったせいだろ
う。
 もともとが細身の紅葉なので、薄手のセーターを重ね着したくらいでは外見
的にどうということもないが慣れないらしく、必要以上にじっとしている様はな
かなかに可愛らしい。
 まあ、この電車の中で身動きをとろうとしても取れないってーのが正直な所
だが。
 珍しくこめかみの辺りから伝うほどの汗が流れているのを拭きとってやろう
としたが、腕を持ち上げる隙間がない。
 仕方ないので二人の僅かにあった隙間を埋めて、こめかみに唇を寄せる。
 舌先が微かな塩辛さを感じるのと同時に。
 「……大丈夫ですから、そう……恥ずかしい真似はよしてください」
 音にはならない掠れた声が耳に届く。
 俺の大好きな、あの時の声に似た、僅かな艶を帯びている声音。
 どくんと、こめかみで音がしたように感じた時にはもう、条件反射的に指が
動いていた。
 ちょうど紅葉の腰の辺りをコートごと抱えるようにしていた指を滑らせて、腹
の部分のボタンを二つほど外す。
 ちょうど"いたずら"がしやすい位置。
 「……村雨さん」
 怒気を含んで名を呼ばれたくらいで萎える俺でもない。
 「暑いだろう?」 
 声はどこまでも音にせず、周りに悟られないように囁く紅葉に合わせて俺も
ただでさえ低い声のトーンを更に落とす。
 ボタンを外した隙間から、薄手のセーターを外からは決しても見えない程度
にたくし上げて掌を差し入れれば、しっとりと汗ばんだ肌が掌に構ってくれとい
わんばかりに張り付いてくる。
 身体を日に焼く趣味のない紅葉の肌は驚くほど白い。
 極々僅かしか見えない肌の白さが、更なる嗜虐心を掻き立てた。
 腰周りの薄い肉を指全体で揉むように蠢かしながら、小指だけを使ってゆっ
くりと下着のラインをなぞる。
 細身であってもきつめの下着をつければ、うっすらと下着のゴムの跡が残る。
そのわずかな凸凹のラインをくすぐられるのが、紅葉はとかく弱い。
 普段の数倍は時間をかけて焦らせば、こんなとんでもないシチュエーション
でも紅葉の息が上がりだす。
 「も、熱い、です、か…ら、とめ、てく……」
 『止めてください』とねだる唇を瞬間奪う。
 目を見開く紅葉の鼻先を舌先で嘗め上げてチシャ猫笑いをしてやれば、潤
んだ瞳に微妙な諦めの色が差した。
 この瞳を見せた後の紅葉の狂乱はいっそ艶やかなものだが、衆人環視の
中、どこまで俺を魅せてくれるのかが微妙な所。
 閉じられた太ももの間に自分の足を入れて、ぐっと紅葉の肉塊の状態を確
認する。
 今すぐいってしまうほどではなくても、コートをはだけてしまえばそうとわかる
程度には硬くなっていた。
 そのまま太ももを開かせた格好で自分の身体を固定し、ズボンの上から肉
塊を握り締めれば掌の中、びくびくと震える肉塊はますます硬さを増してゆく。
 もう咎める声すらだせなくなってきたのか。
 鼻に掛かった息だけが俺の鼻先をくすぐる。
 「そんなにいいのか?ん?」
 ついつい大きくなってしまう声を、何とか押さえつつ尋ねる。
 ただ首を振って返答を寄越すので、どんな顔をしているかどうしても見てみ
たくなって、我ながら器用に顎を使って俯いて快楽を噛み殺しているその鼻
先を上向かせた。
 「…っつ」
 「ん?」
 からかう調子で尋ねても、返答はない。
 まるで泣いているような縋る瞳は、俺をどうしようもなく興奮させる。
 ここが電車の中でなかったら百二十%の確率で押し倒していることだろう。



                                 

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