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  「悪い意味で言ったわけじゃねぇぜ?」
 「……確認しなくても、わかっているさ」
 そう云いながらも不愉快そうな口調が改められることはない。
 「壬生!」
 「行こう…君はここへいていい人じゃない……ああ、僕といていい人でもな
  いね。君は、一人で早く帰るといい」
 「お前、何を言ってるんだ」
 「人殺しと、二人きりで一緒にいたくはないだろう。ましてやここは殺人現
  場だ」
 指摘されて、思わず目線が死体の方へ行ってしまうのに。
 壬生の体がすっと動いてそれを俺の目から遮断する。
 「もう用はすんだんだろうが!壬生だってこんな所にずっといたくはないん
  だろう!ほら、いくぞ」
 差し出した手を、不気味な物でも見たように眉を潜めた後で壬生は、静かに
首を振る。
 「僕のことはどうでもいい。が、君は帰るべきだ」
 「どうしてそんなに強情を張るんだ!俺は別に今見たことを誰にもいいやし
  ねーし、壬生への感情だって微塵も変える気はねーんだよっ!」
 今度は瞬時の反撃にも対応できるように神経を使いながら、壬生の手首を
きつく掴んで引き寄せる。
 先程の対応への罪悪感があったのか、俺より少しだけ高い長身のバラン
スが崩れちょうど、俺の胸のあたりにこつっと壬生の頭が当たる。
 何で、そんなことをしたのかわからない。
 暑さで頭がイってたのかもしれないし、壬生のあんまりにもかたくなな態度
に腹がたったのかもしれない。
 たまに自分でも理由がわからない行動をとってしまって、後から理由付けを
するなんてーことは日常茶飯事の俺だったけれど。
 色々な意味でこれには参った。

 俺は壬生の額に唇を寄せていた。

 無意識のうちに乱れた髪の毛を額から掻き上げて。
 真夏の真昼。
 日陰だからといって30度は軽く超えるだろう狭い苦しい空間で、簡単では
ない立ち回りを演じていたはずの壬生の額は、俺の唇にひんやりとした感触
をくれた。
 「……変わった趣味をしているんだね、蓬莱時さん」
 目を開いたままで、それでも俺の口付けを抵抗もせず受け入れていた壬生
の瞳には侮蔑も、屈辱も、羞恥もなかった。
 無論喜色めいたものも微塵もなかったが。
 「自分でも、すっげぇー驚いてる……」
 「暑さも結構なものだし、変なものも見てしまったし。気でも動転している
  んだろう…男である僕が相手で良かったね。女の子達が相手だったら大
  事だ。それとも…いつもこういう手を?」
 「遊びで付き合う相手に、キスはしない」
 欲望のままに抱き合ったとしても。
 額にこんな労わりの口付けなど。
 誰がそんじょそこらの女なんかにする…ものか。
 「僕に本気で好意を寄せているなんてことも、あるはずないだろう?随分熱
  いようだし。軽い日射病かもしれない…通りに出たら冷たい物でも飲むと
  いい」
 「暑さにやられたくらいで、俺はこんなこたーしねぇよ」
 たぶん、壬生だったから口付けた。
 他のどんな連中にも、無論女の子達にもこんなことはしない。
 「じゃあ、どうして」
 呆れた風に肩をすくめる壬生の、額にもう一度唇を寄せて。
 「俺は壬生に近づきたかったんだと思う」
 かたくなな態度を崩さないで、誰の手も借りず一人で生き逝こうとする潔さ
に抱いていた一種の憧れめいたものが、自分のまとまらない感情を口にす
るうちにゆっくりと変貌をとげる。
 「宿星を持つ中には、僕に近い人達が何人もいる。それは別に誰が望んだわ
  けでもないけれど、星の下の運命だ。抗えないのと同時に欲したくらいで、
  手に入るものでもない……それが可能なのきっと緋勇だけだ」
 「んなの、やってみなきゃわかんねーぜ?」
 「君はそう云うだろう。でもどうにもならないことは世の中に結構あるんだ
  よ。だいたい君は、こちら側の人間にはなれない。根が甘いからね」
 さらりと云われて唖然とする俺の腕の中から逃れた壬生は、かつっと音をさ 
せて踵を返した。
 「茶番はここまでだ……僕は君が嫌いだよ。蓬莱時さん」
 面と向かって人に"嫌い"だといわれたのはこれが初めてだろう。
 ましてや、どうやら他の人間よりも特別にしたいと思い始めた壬生に言われ
た言葉なら、なお辛い。
 胸がきしりきしりと悲鳴を上げる。
 「ぬるい事を云うのも自由だし、誰を大切にしたいと思っても好きにすれば
  いいけれど…僕にかかわるのはやめてくれ、迷惑だから」
 あまりの物言いに呆然とする俺を、壬生は憐れみすら湛えた目で見下ろし
た。
 「そういう目は、僕じゃない誰かにして、あげるといい。僕じゃなければき
  っと心を動かすだろう」
 あれほど俺をここへ置いていくことを拒んだ壬生が、いとも簡単に俺を置い
て去ってゆく。
 俺の突然の告白……だったのかは自分でもかなり曖昧だが……が余程腹に
据えかねたのだろう。
 「嫌いって云われたからって好きなもんは、好き、だしなー」
 我ながら諦めが悪いのが性分だと思ってる。 
 壬生が露骨に自分から俺を避けることはないだろう。
 幾ら感情に乏しい壬生だからってそれぐらいはわかる。
 俺が簡単に諦めさえしなければ光明は見えるはず。
 微かに残っている壬生の額の感触を思い出しながら俺は、死体から遠ざかる。
 通りに出た途端照り付けてきた太陽を、手を翳して眺めながら今度はゆっく 
りと焦ることなく歩き始めた。

                                             END





*京一×壬生
 ただ単に京一のことを『蓬莱時さん』と呼ぶ人馴れしない壬生を書きたかっただけ
 なんですが、めっきり冷たいお方になってしまいました。壬生視点の続編フォロー
 が書きたい所です。
 ちなみにこの『真昼の野蛮』は夏らしくらぶらぶな話かいやらしー話を書くために立
 ち上げた壬生受シリーズ物。しかし、この話全くらぶがない(泣)
 次のお相手は龍麻、かな。



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