「じゃあ、二週間ほどお願いするよ。交通費滞在費は全部向こうが支払って
くれるそうだから、せいぜい豪遊して来よう」
「……何しに行くのだか」
「無論仕事さ。シュベルトブルグのワインは有名だからそれも楽しみではある
がね」
「ワイン、ね」
あいにくと紅葉は酒を楽める体質ではない。
高校生の時分から酒豪に囲まれているが、法律的に飲酒を許される年にな
っても。
紅葉の酒量はいつでも掛け値なしの、"嗜む程度"という奴だ。
「もしかしたら紅葉の口にあうものもあるかもしれない。試して見るのも一興
だろうさ……ところで話は変わるが代金の方なんだが……」
「いつものように、事がすんだら明細を用意する」
「そうしてくれるとあるがたいが……予約料金とか長期拘束料なんかは別
途とられるのかい?」
紅葉に金を払うのはやぶさかではないが、僕が骨董屋である以上採算が
あわないのはまずい話。
金額次第によっては伯爵に相応の額を吐き出させねばならないだろう。
「一応かかる事になっているが、もう貰ったから必要ない……」
「何か、あげたかな?」
「これを…貰った」
尻尾だけ残されたたいやきを指差して、紅葉が笑う。
「安上がりだなー」
「他ならぬ如月さんの頼みならば?」
表情は真面目そのものなのだが、目が細められている。
「全くよく言うね。ま、お互い持ちつ持たれつって奴だからな。何か出物があ
った時は格安でお譲りするよ」
「それこそ、ありがたいところだ……しかし征服者の剣か…」
「ん?その顔は…なんだ、使ってみたいのかい?」
ひどく興味深げな顔をするので尋ねたが、すぐさま首が振られる。
「僕は得物を使って…というのは苦手だ。蓬莱寺君あたりなら使いこなせる
かもしれないけれど。単純に魔剣を使っての戦闘を見てみたいというだけ
さ」
「どうだろう。彼は陽の人間だからね。むしろ魔剣に取り込まれてしまう可能
性の方が高いかな」
「あれほどの使い手でも、か」
「たぶんな。彼はあれで真っ直ぐな奴だから、むしろひとたまりもないだろう」
ああいった魔剣は闇に住まう者こそが、器用に操るのだろう。
僕や紅葉は質だけなら適合するが、お互い使う武器は剣ではない。
紅葉は脚技を駆使するし、僕は忍術を操る。
確かに魅入られはするが使えない剣を振り上げようとは、考えたりはしない。
「聖騎士の末裔ならば、どうだろう」
「ああ、彼等ならば魔剣を屈服させることなどたやすいだろうね」
聖なる者として崇められる彼らこそ、陽の中の陽といった存在だが、陰に飲
み込まれないための特殊な鍛錬を幼い頃から積み上げてきている。
また聖騎士達はその腕前が上がれば上がるほど前線に駆り出されるため
に、強い剣士ほど異形の術中にはまらないための門外不出の刺青を体中に
施しているという話もあった。
「彼等の血が現代に残されていたとしても、秘中の秘だろうな」
「それこそ王室や貴族の専属護衛者として、生きるしか道はない」
紅葉の言う通り卓越した才能は疎まれるものだ。
聖騎士が討たれ、その騎士団が民の敬愛を一身に受けながらも崩壊した
理由も簡単。
彼等が"強過ぎし者"だったからに他ならない。
権力者と呼ばれる人種は、そういった奴等を殺すのにも飼い慣らすのにも
慣れきっているのだから、守るべきものを守るためだけに生きてきた聖騎士
達が、その術中に嵌ってしまったのは想像が難しくなかった。
殺されるのが怖くて、誇りを捨て闇に走った末裔もあっただろうけれど。
無論、そんなどうしようもない奴等ばかりではないだろうし、忠誠を与えるに
相応しい相手に巡り会えたからこそ、彼等が表舞台に出てこないとも考えら
れる。 もしかしたらシュベルトブルグ王国あたりに、そんな騎士がいるかもし
れない。
漠然とした出会いの予感が、どこかにあった。
自慢になるがこれでも、僕の第六感めいた勘はよくあたる。
「なんにせよ。楽しみだな」
ポケットから取り出したハンカチで口元を拭った紅葉が、ベンチの下に転が
っていた小石を蹴り飛ばしながら目を伏せる。
その様は既にヨーロッパへと足を運んだ僕らを想像している風にも見えた。
「そういって貰えると僕も声をかけたかいがあるものだ」
「……如月さん。やはり何か勘違いを?」
「人様のお金でのヨーロッパ旅行だろう?」
やれやれと肩をすくめる紅葉の顔に、先程異形を滅殺した時に浮かべてい
た僅かな荒みの色は、もう何処にも見えやしなかった。
END
*如月&紅葉。
この二人は忍者に暗殺者と高校生以外の面が目立つ 方々なので、つい描写が
行 き過ぎてしまって困り物(笑)呪いのように『妖都の紅葉らしくーらしくじゃー』と
かなり 紅葉の言葉使いに気を使いました。
公式では何ていうか…結構ぶっきらぼうな口調なんだなーとしみじみ思ったもので
す。