「アレが、教師?士官学校ってやば過ぎ」
「士官学校がアレな場所なのは認めるが、紅蓮のが教えたのは理論ではなく実践だった
から」
紅蓮のが講師であった頃に、叩き込まれたサバイバル訓練は実に役立った。
今でも作戦中に奴の言葉が浮かぶ事があるくらいだ。
「自分と余り歳の変わらない青年が、熟練老齢の上官すら絶句させる実践さながらの訓練
は、凄まじかったよ」
所詮生き残れるのは、己の意志だけなのだと叩き込まれた。
奴は、そんなつもりは微塵もなかったに違いないが、上に立つ者。
部下を捨てないつもりなら、誰よりも心を強くもたねばならないのだと、心に刻み込まれた
のだ。
「アレがまさか好きなんかよ!」
「尊敬している部分がないじゃない」
「うっそ。趣味悪っつ」
「……君を選んだ事も、趣味が悪いと?」
「それは、別」
ぷんすかと怒って見せた次の瞬間には、至福の微笑を見せる。
私の恋人は、なかなかの気分屋さんだ。
……私には言われたくないかな?
「尊敬って?」
「強い所」
「錬金術?」
「それだけじゃない。あの絶対に揺るがない心の強さはね、少し憧れる」
彼のイシュヴァールの地。
奴は崩れも、壊れもせず、どころか嬉々として生きていた。
長い牢獄生活も、奴の根本を変える事はできやしなかったはず。
全く変わらずに、生きているのだと、会わなくてもわかる。
己を見失わずに、どこまでも強いままに。
誰にも捕らわれず、自由気ままに、恐らくは。
私だけを唯一の存在だと信じて疑わずに。
「好きなの?」
上目遣い。
真剣に反応を伺われて、苦笑。
こんなにもこの子が愛しいのに。
この子は、私の愛情を最初っから疑っている。
からかい過ぎた気もするが、もう少し上手にかわせる大人になって欲しいとも思う。
そうなったらなったで、複雑な気分になるのだとわかってはいるが。
「いや。嫌いだ。大嫌いだ」
「憧れているのに」
「うん。好きか、嫌いかで答えるならね。嫌い。安心したかい?」
「うーん。微妙。寝てたって過去があって。憧れてるっていわれると不安になる」
ストレートに返してきたな。
妙に世慣れした所と、案外と幼いままの部分とどちらも併せ持つこの子が、やはり可愛い。
愛していると言うよりは、慈しんで、うんと甘やかせてやりたいという感情が強いと言ったら、
機嫌を悪くしそうなので、黙っておくけれど。
「今は寝ない」
「憧れは?」
「会っていない分、薄い…かな?」
「じゃあ。ぜってー会わせないようにしないと!」
今だ放浪を余儀なくされている身で、どうやってそれを可能にしようというのか。
「ロイの身体に仕掛けしていい?」
「はい?」
「貞操帯とか」
「ぶっつ!」
そう来るとは思わなかった。
「身体への仕掛けが一番、発動させ易いし」
「止めてくれ。自分の身は自分で守るさ」
あの男の手に落ちる自分なぞ、考えたくもない。
落ちたが最後。
這い上がれないのを知っているから。
私にだけ、どこまでも甘い男だ。
私が、鋼のを甘やかす、それに限りなく近い。
落ちたらどうなるか。
この、鋼のを見ていればわかる。
絶対に、そんな事。
させはしなけれど、この子は。
今の、この子なら。
私が望めば弟君すら、捨ててしまうだろう。
落ちた相手に、際限なく甘やかされるというのは、そういう事。
相手を引き摺り落す風な愛し方が、とても似ているから。
私は、あいつが大嫌いだ。
「えーじゃあ。どうしよう。軍服にしようかな」
まだ、お馬鹿な事を真剣に考えている彼の額にキスを送る。
「……んだよ。する気になったとか?」
「君が少し、仕事を手伝ってくれれば、時間が取れないでもない」
「はぁ?」
「抱き合う時間の言い訳を作らないとまずい」
「……ほんとーは、やってたけど。その時間仕事してましたってーアリバイ?」
「そういうことだ」
二人きりの時間を作ってくれた時点で、多少のお目こぼしは貰える筈だが、そこには鋼のを
使って仕事も滞りなく進ませて下さい、と言う、暗黙の取引がある。
リザは、とてつもなく優秀な私の副官なのだ。
「うし、わかった。どれよ?」
「この山」
ざっと100枚弱だが、難しい物は少ない。
「げ!」
しかし、鋼のはこの世の終わりのような顔をする。
慣れないと無理ないのかな。
「君の判断で、可不可を決めて良いよ?」
「マジで?」
「国家錬金術師は、少佐相当にあたる。これぐらいは消化しないと」
「ええ!」
「ちなみに!」
「……おう」
「キンブリーは武闘派だが、この手の書類処理も早かったぞ」
自分が気に入らない案件全て不可にしているからだが、戦場を離れた奴は意外に真っ当な
判断を下す。
書類処理に関しては、私を参考にしているとは本人談。
私に褒められる、という点を最優先した奴は、結構有能な部下なのだ。
「奴にゃあ、負けられん!」
腕捲りした鋼のは、物凄い集中力で書類に没頭してゆく。
弱者に寄りがちな処理をする鋼のだが、判断は極々真っ当なもの。
修正も少なくてすむだろう。
奴をダシにして、鋼のにやる気を起こさせたと、告げたなら。
アレはどんな顔をするか。
ロイさんの、好きなように。
と、私が戸惑う穏やかな顔で、そう言うのだろうな。
浮んだ奴の顔を、軽く振って追いやる。
今は、書類に集中しよう。
その後は、幼い恋人に。
そして、恋人が眠ったその後に。
少しぐらいなら、お前の事を考えてやらぬでもない。
自分の醜い部分も、たまには。
直視した方がいいからな。
END
*このロイさんなら、鋼のをめろめろに甘やかしつつ、キン様とも上手くやっていけそうな
雰囲気。3Pとか、やりそうだよね。 まぁ! 2008/12/10