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 嘘!


 
ロイさんには、自分しかいないと、そう思っていた。

 「……何です、それ?」
 久しぶりに届いた物資の中。
 ロイさんが好きなレーションをせっせとセレクトして、テントを訪れる。
 国家錬金術師は狭いとはいえ、一人一個のテントを持つ事が許されていたが、最近では壊
れたり暴走したりする術師が多いので、必ず二人で住まうようにと規約が改定された。
 本来ロイさんは、隊の上官でもあるエッガー大佐と一緒にと言われていたのだが、私が強引
に奪い取った。
 エッガー大佐に直訴したのが良かったのだろう。
 あの人もロイさんには、甘い。
 「せめて、誰です?ぐらいは言って欲しいんだが……」
 だから外には見張りが基本的に二人立つのだとしても、テントの中には、本体ロイさんしかい
ないはずなのだ。
 しかし。
 ロイさんは一人ではなかった。
 一瞬私でも気圧された殺気を放ちながら、ロイさんを背中から抱き抱える存在があったのだ。
 「じゃあ、誰です?」
 「……犬」「わん!」
 絶妙のタイミングだった。
 説明するロイさんに、返事をする男。
 金髪碧眼の、体躯の良い男で、犬……。
 っていうか、ロイさん。
 犬なら『何です?』でも十分だったと思うんですけど。
 はぁと溜息をつきながら、それでも重ねて問う。
 「どこで拾ったんですか?」
 「先の最前線で」
 「あー敵さんの罠に引っ掛かって、中隊全滅したアレ?」
 「そうだ。その中隊の唯一の生き残りなんだ」
 「なるほど」
 どうりで凄まじい殺気だと思った。
 「何かどうにも、可愛くて」
 「……まさか、飼おうとか思っているんじゃないです?」
 「駄目か?」
 「駄目です!」
 「どうしても?」
 「……」
 上目遣い、真っ黒い目をうるうると潤ませて見せる媚。
 私がどうにも弱いと知っていて、ここぞとばかりに使ってくるので、本当……困ります。
 「なぁ、J。飼ってもいいだろう?」
 しかも、最中にしか呼ばないミドルネーム呼び。
 これは、真剣にご執心のようですねぇ。
 「……貴方大型犬好きだし。金髪碧眼に弱いんですよね……」
 話題にされている『犬』は、私に殺気を放ったまま、ロイさんの身体をぎゅうぎゅうと抱き締め
ている。
 言葉は一言も発さない。
 先の鳴き声以外は。
 「愛玩犬なら、許しませんよ?」
 私が一方的に貴方を愛でている自覚はあるが、貴方が何かを愛でるのは許さない。
 「大丈夫。優秀な猟犬だから」
 「……本当に?運が良いだけの駄犬じゃ困るんですよ」
 「運はむしろ悪いだろう。ただ一人残され続けるのだから」
 「……」
 ロイさんも、私も全滅の憂き目には幾度も遭遇している。
 己の身しか守れなかった経験は、ロイさんをどんどん部下に甘い上官にと成長させ、私を
部下など切って捨てるしかないという、世間で言う所の非道な上官へと変貌させた。
 まぁ、元々私は部下なぞ虫同然だと思ってましたけど。
 それでも一人残される時は、何か物寂しいモノを感じたりもしました。
 寂しがり屋で、しかも自分より弱い者にとことん甘いロイさんは、一人残される切なさをとて
もよく理解しているのでしょう。
 だから、拾わずにいられなかったのだと、わからないではないのですが。
 「私の言葉を疑うのか」
 「いいえ」
 ただ、心配なだけ。
 駄犬ならば、貴方の足を引っ張るだろうから。
 「……わかったよ。J。教えるから」
 「わんわん!」
 「…怒るな。Jが許さなければ、私はお前を飼えないんだ。いう事をききなさい」
 「うー」
 「飼い主のいう事をきかないと、紅蓮錬金術師の技が発動するよ?紅蓮の技の凄さは良く、
  知っているだろうに」
 「きゅうん……」
 私に放つさっきは更に強さを増し、ロイさんへの抱擁は骨砕かんばかり。
 さて、こうなったら本気で技をご披露しましょうかねぇ?
 と、深呼吸をした所で、殺気が霧散する。
 「……J。これはね。ジャン・ハボックというんだ」
 「一平卒?」
 「いや。准尉」
 「側に奥には、悪くない階級ではありますね」
 「ふふ。そしてな。二つ名がある」
 「少なくとも国家錬金術師ではないですよね?」
 国家錬金術師が戦線に立って久しい。
 正気を保ちながら最前線に立つ術師は既に、両手の指で足りてしまうくらいなので、さすがの
私でも全員把握しているのだが。

 
 「国家錬金術師でなくとも、二つ名がある場合もあるだろう?」
 「極々マレですがね……」
 国家錬金術師に勝るとも劣らぬ実力を持つ一個人に、誰ともなく付けられて、口伝いに広がる
二つ名を持つ者は、軍部広しといえど片手の指を折るだけで事足りる。
 「これはね。『狂犬』と呼ばれている」
 「!これが?ですか」
 噂では結構広く知れた二つ名だが、目にしたのは初めてだ。
 「想像していたのとは、随分違いますねぇ」
 殺気はあれど、狂気など欠片も見られない。
 「だろう?私もびっくりした」 
 ロイさんの手がぱたぱたと空を掻く。
 何をしたいのかと手を差し伸べかければ、准尉が頭をぐっと下げてみせる。
 手元にきた頭を見て満足気に微笑んだロイさんは、よしよしと、やわらかそうな金髪を撫ぜた。
 ……駄目だな、これは。
 繋がり過ぎている。
 



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