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 紅蓮


 背中から不意に抱き締められた。
 全く気配がないのに、驚いて。
 今、私が、私を抱き締めるのを唯一許した相手の腕ではないと知って、更に仰天する。
 「紅蓮っつ?」
 「そうですよ、ロイさん。お久しぶりです」
 「お前っつ、何時出てきたんだ?というか、何で出てこれた!脱走したんじゃないだろうな!!」
 「……そんな矢継ぎ早に質問攻めにしなくても……私。貴方になら何でも答えますよ」
 ぺろりと耳の裏を舐められて怖気が立った。
 「やめろっつ!気持ち悪いっつ!」
 「あれ?ロイさん。ここ、好きですよね?」
 「……何でお前が知ってる?」
 共同戦線を張る事が多かったイシュヴァール時。
 無駄に懐いてきたこいつが、私に特別な感情を抱いていたのは知っていたが、応えた事は
一度もない。
 そんな余裕、当時はどこにもなかった。
 ……私の初めては、アルフォンス君に貰ってもらったのだから。
 耳の裏を舐めるのも、勿論。
 そうだと、思っていた。
 性的な意味合いでは絶対に。
 「イシュヴァール時に、散々味見を……」
 「私は知らないぞ!」
 「そりゃ知らないでしょう。貴方がイっちゃってた時とか、寝てる時にしかしてませんもん」
 寝てる時、気がつかなかった?
 イっちゃってた時って、どういう事だ!
 「そーやってね?貴方が全然気がつかない所で、貴方を甘やかすの大好きだったんですよ」
 くすくすと楽しそうに笑う声。
 私を貶める声音ではなく、嬉しくて仕方ないとしか聞こえなくて戸惑う。
 「でもねぇ」
 ひょいっと腕の中、回転を強いられて正面から向き合う位置にと直されて。
 「貴方、唯一を作ったでしょう?」
 「!」
 「いざ誰かの物になられてしまったら、それはもうショックでね」
 何とも複雑な色をした瞳が細くなる。
 愛しい者を、見るような。
 憎い者を、見るような。
 けれど、どこまでも私を見透かす優しい瞳は、私を益々困惑の深みへと引き摺ってしまう。
 「自己主張、してみようかな、と思ったんですよ」
 額に、唇をあてるだけのキス。
 アルフォンス君も大好きなスキンシップ。
 「私はとても、貴方が好きで。大切なんですよ、とね」
 「……紅蓮……」
 「ふふ。相変わらずかーいい声ですね。檻の中。何度も思い出しては一人でしちゃいました
  よ」
 触れてくる仕草は優しく、引き寄せる強さは激しく。
 私の掌は紅蓮の股間に押し付けられた。
 「馬鹿っつ!」
 完全に勃起したナニは、ズボン越しでも熱くて硬い。
 「すごーい。ロイさんの掌って、そんなに柔らかいんですね」
 知らなかった!と、まるで新しい術式を発見した錬金術師の表情で驚かれてしまった日に
は、さすがの私でも絶句しか出来ない。
 「もっと、ずっとして欲しいのですが?」
 「冗談も休み休み言え!」
 「おや、私。冗談逃げてですけど」
 「正気なら、尚悪いわ!!」

 腕の中から逃れようと暴れるが、想像を超えて拘束の力は強かった。
 「離せ、馬鹿力っつ!」
 「……逃げないって約束してくれます?」
 「距離は取るぞ!」
 「じゃあ、駄目」
 「紅蓮のっつ!」
 「そんなに怒らないで下さい。はい。ぎゅーっと。ちゅ」
 子供にするような、頭を撫ぜながらの抱擁に、額にキス。
 恋人同士でなくとも、肉親のやり取りに近い状況に眩暈がしてきた。
 「貴方。私が嫌いじゃあないでしょう?」
 「嫌いだ!」
 「では、何ですぐさま焼かなかったんです。発火布、いつものポケットに入っているんでしょう
  に」
 「う!」
 指摘された発火布は、内ポケットの取り出しやすい場所に、確かに常備してあったが。
 気配なく抱き締めてくるこいつを、敵と、認識できなかったのが敗因だ。
 ……アレコレされ、突拍子も無い事を告げられて、驚いて。
 発火布を擦るまで、至らなかっただけで。
 別に、お前を。
 好き、な訳ではない。
 圧倒的な強さと割り切りの鮮やかさに、盲目的に惹かれる部分も無いではないが。
 好き、だ、と言い切るにお前は。
 非人道的過ぎた。
 「そーゆうね?一度自分の中で味方認識した人間には、甘い所も大好きです」
 「誰がお前を味方認識なぞ!」
 「私はね。貴方以上に貴方を知っていますよ。ロイさん」
 満面の微笑を浮かべたまま。
唐突に、紅蓮のの身体が離れる。
 温もりが離れていくのを寂しいと思う心を必死に打ち消して首を振り、紅蓮のの目線を冷静
に辿って、開放の原因を知った。
 何時入ってきたのか、ドアの所にアルフォンス君が立っていたのだ。
 「……大丈夫ですか?」
 「大丈夫だよ、紅涙の」
 まず、私の身を心配してくれる心優しい少年。
 今はもう、立派な青年、か。
 私向けられた眼差しは柔らかくも甘いが、紅蓮に向けられた一瞥は峻烈だった。
 「と、言う事で。ロイさん。私は貴方の恋人に立候補しますね」
 「紅蓮っつ!」
 「ああ、どうしても。というのなら愛人でも構いません」
 「貴様っつ!」
 「だから、怒っても無駄ですよ。可愛いだけにしか見えませんから」
 くすくす声を立てて笑った紅蓮のは、そのまま部屋を出て行ってしまう。
 アルフォンス君とすれ違う時にも、微笑を浮かべたままだ。
 全く、何がやりたかったんだか。
 私は肩で大きく溜息をついた。
 「ロイさん?」
 「なんだい?」
 「ぎゅっとして、良いですか」
 「勿論」
 ドアの前。
 何故か近付いてくるのを遠慮する風だった彼を、招き寄せる。
 僅か数歩の大またで私達の距離を縮めたアルフォンス君は、先の紅蓮のの抱擁よりも
数倍激しい拘束で私を求めてきた。
 「アル、君?」
 「……あの人は、駄目ですよ。ロイさん」


 
                                 

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