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 「貴方……本当に馬鹿ですよね」
 人体練成がどれ程の禁忌だなんて、誰よりもよく、わかっていただろう。
 鋼のおちびさんと、鎧の弟を側に引き寄せて長く、その惨状を見ていたというのに。
 「天才の名が泣きますよ?」
 焔思う様操る国家錬金術師として、広く名を馳せていた。
 爆弾狂と呼ばれる私と似た技と同じ威力を持ちながらも、好意的に彼を見る人間が多かった
のは、外見もさながら、あの性分だ。
 自分よりも弱いモノを、どうしても見捨てられない。
 人は美点だというが、私は欠点だと思った、性質。
 「……ん?するとアレですか。貴方の法則ではヒューズ准将は、弱い者だったんですか?」
 己のせいで、親友を失ったと思い込んだロイさんは、人体練成の禁忌を犯して、大切な存在
を返そうとした。
 結果。
 准将の何一つ戻せないまま、その命を落とした。
 そうでなければ、こんなにも大人しく。
 私の腕の中で力を抜くはずがない。
 眠っているように、綺麗な姿であった。
 寝息すら、聞こえてきそうだった。
 「その人を放して!貴方がっつ、触らないでっつ!」
 私が念入りに張った結界の向こうで、鷹の目の声がする。
 ロイさんと私の周りに張り巡らした上下左右数メートルほどの結界は、何人たりとも侵入を
許さない。
 何度も銃弾を打ち込む音が聞こえた。
 次には、素手の拳で見えない結界を叩く音が。
 神業と呼ばれた己の技よりも、素手が勝てるはずはないというのに、美しい顔を涙でぐしゃ
ぐしゃにして、しゃくり上げながら。
 自分の手が、結界の拒否反応にあって血塗れになっても、尚。
 鷹の目は、結界を叩くのを止めない。
 うるさいなぁ、と思って。
 これ以上彼女が傷付けばロイさんが、泣くね、と嘆息して。
 結界に神経を走らせる。
 瞬間。
 彼女の体は、空を舞った。
 殺した、訳ではない。
 これ以上、血に塗れなくてすむように、気を失わせただけだ。
 慌てて彼女の側に走り寄る、ロイさんの側近と呼ばれた部下達が後は上手くやるだろう。
 とにかく、今は。
 二人きりにして欲しい。
 「ねぇ、ロイさん。准将は弱い人だったの?」
 恐らくロイさんが、誰より何より大切にしていた存在だった。
 親友というよりは、心友。
 繋がる心を持たない私にとって、無駄だと思ってはいても嫉妬せずにはいられなかった。
 ロイさんを、この腕の中で抱き締めて。
 世間が言う恋人同士に似た関係になってからも、ずっと。
 「弱い人じゃ、なかったですよね。貴方がただ、失いたくなかっただけですよね?」
 私が死んでもこの人は、人体練成の禁忌なぞ犯しはしなかっただろう。
 悲しみに沈んだとしても、決して。
 恋人に、代わりは居るのだ。
 たまたま運良く私が目に入っただけで。
 ロイさんを思う相手はたくさん居るから。
 「私も、ね。ロイさん。貴方だけは失いたくなかったんですよ。例え私自身が死んでしまった
  としても、貴方だけには生きて欲しかった……」
 私を失っても、貴方が幸せならそれで良いと。
 穏やかに思っていましたよ。
 「だから、ね。一人では逝かせません」
 人体練成は不得手な部類に入る。
 

 賢者の石があっても尚。
 失敗する確率は限りなく100%に近いだろう。
 それでも。
 この人のいない世界になぞ、未練もない。
 「あーちょっと、わんこさん?」
 「……俺のコトっすか?」
 不愉快な色を隠そうともせずに、抱き抱えるようにして宥めていた鷹の目を他の同僚の手に
渡して、結界の側まで近付いてくる。
 私が設定した攻撃有効範囲、ぎりぎりの場所で止まる辺りは、さすがにロイさんの護衛を
一手に引き受けていた忠犬。
 恐ろしいまでに勘が良い。
 「これから、ロイさんの人体練成をしますから。ロイさん宅まで送って頂けますかね?」
 「あ?」
 「さすがに、ここでは拙いので」
 親友の墓側。
 あらゆる機材を持ち込んでの練成。
 もっと練成に向く場所など、幾らでもあっただろうに。
 それだけ、盲目になってしまっていたんでしょうね?
 もしかして、准将が力を貸してくれると、思っていましたか?
 愚かで、救いようもない……愛しい人。
 「アンタ……本気なんすか?」
 「本気で正気ですよ。事、ロイさんに関してだけは、私。嘘偽りが言えない口でね」
 あの人を安らがせる為の、嘘ですら拙かった。
 濡れた黒目で真っ直ぐに見詰められれば、自分の中にも罪悪感という物が存在したのだと、
思い知る次第。
 「車……回して来ます」
 やはり、犬の反応は早い。
 他の部下達が難色を示すのを、眼差し一つで黙らせている。
 ああ、あれがジャクリーンの瞳って奴ですか。
 ロイさんが、慈しんで止まなかったパープルブルーの瞳。
 普段は底抜けに明るい蒼なのに、本人が真剣勝負を前にした時は、蒼紫の瞳になるのだと
優しい口調で語ってくれた。
 自分以外の存在について話をされるのは、大嫌いでしたけれど。
 あんまりにも穏やかな眼差しをしていたので、背中から貴方を抱き締める事しか出来ません
でしたよ。
 「鷹の目さん?」
 今だ尽きぬ事を知らぬ涙を、目の中に湛えたまま。
 それでも私に顔を向ける瞳は先刻とは違い、驚愕と微かな期待に満ちた喜びを湛えていた。
 「何」
 「私はこれから、ロイさんを人体練成で返します」
 「……ええ」
 「絶対に。絶対に返すつもりでおりますが、万が一。貴女の想像しないロイさんになって
  しまったとしても貴女。ロイさんの側にいますね?」




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