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  花紅柳緑(かこうりょうりょく)


 
 「つーかさ、たんたん。人を蹴り飛ばすの、いい加減やめろよ!」
 「……うるせぇ。側にいる、お前が悪い」
 言われた側から、また容赦なく蹴りをくれてやる。
 「うあわあっ!」
 ……っていうか、嫌なら避けろ、お前は。
 これで俺の陰龍を気取るっていうんだから、性質が悪い。
 避ける技量があるのに、逃げようともしないのは、手前が好きでしょうがない
んだろうがな。
 手前にはもう、決めた相手がいる。
 彼の人以外は誰も、いらない。
 「ったく。だいたい俺らが探さなくたっていいじゃんさー。伝言は下忍
  達が伝えてるって!」
 「手前だって、奴等の仕事を疑ってなんかいないさ」
 天戒を『御館様』といって、絶対の忠誠を誓う彼らはとかく従順だ。
 何故か、天戒が大切にしている手前にまでも忠誠を誓った下忍は何人もい
る。
 手前が大事にしているかの人にも、きちんと伝えましたから、と。
 わざわざ報告にきてくれたのだ。
 そんな一生懸命な奴等を信じないほど、手前は歪んではいない。
 ただ。
 直接、手前が伝えたかっただけなのだ。
 『昼間に、花見をしよう』と。
 二人きりで夜桜を眺めたことは、何度だってあった。
 でも。
 日の光の下。
 さんさんと降り注ぐ太陽の光に透けて、ほんのりと薄い桃色に透ける桜を、
二人で一緒に見たかった。
 「天戒様も待ちくたびれてるぜー。たんたーん。早くー!!」
 「だーかーらー。黙ってろ!」
 もう一度、どごっと、派手な音をさせて背中に蹴りをくれてやった。
 風祭の何が一番気に入らないって、手前の呼び方だ。
 たんたん。
 だと?
 手前はたぬきかってんだ!
 起き上がろうとする背中をぐりぐりと踏みにじっていると。
 「あー龍う?あにを、やっでるんだ?」
 がさがさっと、派手な音がしたと思ったら、大きな背中にも乗り切れない巨大
なイノシシを背負った、泰山が現われた。
 「お!泰山か凄い獲物だな」
 双羅山に住む動物は泰山にとっては仲間も同然。
 と、なると泰山はきっと皆の為にと、遠い山まで出向いて行き。
 これほどの獲物を仕留めて来たのだろう。
 「ぞうがー?山あ。三つ超えたとこで、なあ。御館様、喜んでぐれるがなー」
 「勿論だ。大喜びするだろうぜ」
 「龍は?」
 「嬉しいに決まってるだろう?速いとこ刺身にしたいもんだ」
 大げさなまでに頷いてやれば、巨躯にも似合わず『でへへー』と頭を掻き照れ
た風を見せる。
 全く、良い奴だ。
 「風祭っ!泰山を手伝ってやれ!」
 「何で俺が!」
 「はっ!何だかんだいっても、こんな大きなイノシシ。お前の手には余るもん
  な?泰山のように一撃で捕らえるのは、できっこないにしても。運べもしな
  いなんて、情けないのを通り越すなあ?」
 ふん、と鼻で笑ってやれば、負けん気の強い風祭は、眉間に派手なしわを寄
せながら、泰山の背中からイノシシを奪い取った。
 己の体の軽く三倍もあるイノシシを背負っても、倒れなかったのは誉めてやろ
う。
 あのよろついた足元じゃあ、とても皆の所までは運べやしないだろうが。
 「へ!これぐらい……どって、こと、ねーや」
 「じゃあ、泰山と一緒に運んでやるんだな」
 手前が偉そうに腕組みをしてそそのかせば、泰山が手前と風祭を見ながらお
ろおろと惑う。
 「澳継うー。お前さんには、無理だあ?」
 「お前にできて、俺にできねってーことはないんだっつ!」
 ふらら。
 ふららららっと。
 よろけながら、風祭の姿は山を降りてゆく。
 「すまないが、泰山。助けてやってくれや?」
 「それはいい、げども。龍は?」
 「手前は、霜葉を捜してから行く」
 「あ、霜葉殿か。わがっだ。先に行ってる」
 「おうよ」
 スッ転びそうになる風祭を抱えるようにして下山をする泰山の姿が見えなくなっ
てから、手前は更に深く山に入ろうとした。

 その時。

 『霜葉なら、まだ戻らんで〜?』
 上から声が降ってきた。
 仰ぎ見ても、人の姿はなかったが……。
 「何で戻らないんだ、們」
 木々の間。
 まるで新緑から生まれ出るようにして、們天丸の姿が現われた。
 天狗の落とし子と自ら言い放つ、その言葉通り。
 神通力にも似た力を操る們天丸にとっては。
 わかりやすくいうこところの、空間移動は日常茶飯事。
 不鮮明だった姿形がはっきりしてくるのと同時に、声も確かなものになって
くる。
 「ん〜。ちっとな、山奥で花見に添える花ぁ、探してるとこやから」
 「霜葉そのものが花だろうが」
 「ははははは。龍が本気で言ってるのわかっとるし、わいもそやなーとは思う
  けど。霜葉が聞いたら眉寄せるで?」
 右手に持っている太上老君扇を器用に操って手前の隣に、ふわりと降り立っ
た們天丸が人好きする顔で、にかあっと笑う。
 「綺麗なもんは。綺麗だろう?」
 「……わいの前ではええねんけどな。婦女子の前で言ったらあかんねんで?」
 「少なくとも、雹と比良坂は笑顔で同意したぞ」
 二人ともまるで己の容姿でも誉められたのかというくらい、嬉しそうに頬を染
めたもんだ。
 「そりゃ、相手にもよりますけどな……ま、龍の好きにしたらええねんけど。
  霜葉だけは、好きにさせたってや」
 「……あ?」




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