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 信じていた。その言葉を聞いても、尚。


 「パーティーの招待状?」
 ロイを探す事を言い訳に投げまくっていた仕事が、どうしようもなく山積してしまったので、怒涛
の勢いで片付けている最中。
 恐る恐る、脇目も振らず仕事に没頭していた俺にシェスカが手渡して寄越したそれを見て、
盛大に眉を顰めた。
 「はい。先程総統府から人が来られまして、閣下からの『必ず来るように』という伝言と一緒に、
  これをお渡しするように、と」
 「……わかった。ありがとう」
 俺はペーパーナイフを手に取ってから、まだその場を動こうとはしない彼女に声をかける。
 「まだ、何か」
 「いいえ……あの! コーヒーのおかわ……」
 「必要ないから。下がってくれ」
 「……はい」
 きっと俺を心配してなのだろう。
 邪険な物言いに大きく見開かれた瞳に、微かな申し訳なさを感じたが、今は彼女の事にかま
けている余裕などどこにもない。
 深々と頭を下げてから、静かに退出してゆく彼女が、ドアの外に出たのを見計らってから、
俺はナイフを動かして封を切った。
 出てきたのは、一枚のカード。
 パーティ会場と行われる日時のみが記されていた。
 「ロイ……まさか、お前。閣下の所へ行ったのか……」
 閣下が、わざわざ招待状を寄越す理由は、思い当たらなかった。
 とすれば、十中八九ロイ絡みだろう。
 ロイは、閣下を毛嫌いしていたが、閣下はロイを溺愛していた。
 「そこまで、お前の絶望は深かったのか?」
 その男の所業に憎悪し、国を覆すと決めて、長く一緒に。
 戦ってきた相手だというのに。
 「……どの道。俺は行かなきゃなんねーな」
 
 パーティーに出ると決めた俺が始めた、パーティーに関する情報収集。
 閣下の養女を紹介するパーティーなのだと、すぐにわかったのだが、養女の人となりや
経緯などは全く聞こえてこなかった。
 余りに隠された養女の情報に、実は閣下が公式に愛人を紹介するんじゃないかと邪推
もされたが、あの男が養女にしてまで、側に置きたい愛人などいないはずだ。
 それこそ、ロイを除いては。
 するだけ無駄な情報の収集を止め、やはり仕事に没頭しながら当日を待った。
 長いような、短いようような、不思議な時間の流れ方だったように思う。

 国一番のホテル。
 一番大きなパーティー会場を、貸しきってのお披露目に、招待された人間は、ざっと見て
数百人。
 思ったより多い人数ではなかった。
 久しぶりの軍の盛装に身を包み、受付をする。
 試しに、開場前に閣下に合えるか打診してみたが、徒労に終わった。
 溜息をつきながら、会場に入り辺りを見回す。
 何人かの将軍が集まっていたので、挨拶に行った。
 将軍どもは、何でお前が? という顔をして見せたが、閣下から貰った招待状を見た途端、
友好的な態度を見せる。
 最も、使える男なら俺の下でこき使ってやるぞ? という態度が透けて見える程度の友好
だったのだが。
 おべっかを重ねて、どうにか一人になってから、もう一度辺りを見回す。
 軍人らしき人間は、それぐらいしか見当たらなかった……と。
 私服姿のマスタン組のメンツを見つけた。
 リザちゃんを囲むようにして、ハボック少尉、ブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー曹長等
が、実に和やかに談笑をしている。
 彼女彼等には、ロイ失踪後。
 東方司令部を訪れた際に、けんもほろろに追い払われた一件から、一度も会ってはいない。
 

 情報を掴んでいるらしい彼彼女等にコンタクトを取ろうとしたが、事如く失敗に終わった。
 軍部内では勿論、プライベートでさえも全員、隙を見せなかったのだ。
 あの、温和で知れるフュリー曹長ですらも、ヒューズの言葉に眉根一つ動かさなかった。
 脅しても宥め賺しても、皆一様に冷ややかな態度を突き通した。
 今までの終始和やかな雰囲気の中で付き合って来たので、あまり気にする事はなかった
のだけれど。
 彼彼女等は、心の底からロイだけの部下なのだと知れる。
 しみじみ凄まじい忠誠だ。
 この場でなら、彼彼女等も俺を邪険にはできないだろうと、一歩を踏み出したその時。
 場の雰囲気が変わった。
 一瞬の静寂の後で、それまでよりも一層騒がしい喧騒に包まれる。
 騒ぎの元となっている場所に目をやれば、そこには閣下と。
 閣下に腕を絡ませた女性が立っていた。

 ロイ、だった。

 あの夜に見た雰囲気とは全く変わっていた。
 何より纏う雰囲気がとても穏やかだった。
 嘗て、自分の側に立っていた時と、微塵も変わらない穏やかさに、俺は奥歯をぎしりと噛み
締める。
 「諸君! 今日は忙しい中に、集まってくれてありがとう。噂は聞いていると思うが、今日は
  私が新しく迎えた養女を紹介しよう。ローズマリー・ブラッドレイだ」
 「初めまして。ローズマリー・ブラッドレイです」
 清楚その物といった、純白のドレスの裾を持ち上げて腰を落とすロイの所作は、実に典雅
だった。
 ティアラで止めてあった髪の毛が一筋零れたのに見惚れたのは、何も俺だけではない
だろう。
 近くにいた女性の口からは、感嘆の溜息すら零れている。
 「うん。今日はとても目出度い日だ! 大いに飲んで、食べて。楽しんでいってくれたまえ」
 今だ嘗てない程の機嫌の良さで、閣下はグラスを手に持った。
 中には、並々と真っ赤なワインが揺れている。
 ロイの持つ手のグラスの中にも、同じワインが揺れているのを、見て。
 味覚まで変化してしまったんだろうかと思った。
 ロイは、きりりと良く冷えた白ワインが好きだったのだ。
 閣下の好む、渋味が強いしかし甘いワインはかなり苦手なはずだったけれど。
 「乾杯!」
 乾杯! おめでとうございます! などといった掛け声が会場中に溢れた。
 グラスのぶつけ合う音があちこちで響いている。
 中身に一口だけ口をつけたロイは、閣下の耳に何やら囁いて、その側を離れた。
 どこに行くのかと思えば、元部下達の所だった。
 そんな無防備に大丈夫なのかと心配したのだが、リザちゃんはグラマン中将の孫だ。
 交友があってもおかしくはないだろう。
 まずは、リザ嬢とハグをしあったロイは、他の奴等からはキスを受け取った。
 フュリーは、頬に。
 顔を真っ赤にしてやがる。
 ファルマンは、額に。
 涼しい顔をしていたが、耳朶が鮮やかに赤く染まっていた。
 ブレダは、手の甲に。
 外見に違わず堂々とした所作だった。
 案外女性をエスコートするのに、慣れているのかもしれない。
 ハボックは、瞼の上に。
 しかも、両方。
 更には、苦笑するロイの唇を指先でちょんちょんするおまけ付き。
 さすがに、リザちゃんに拳骨を喰らっている。

 俺は、それを見て。
 何故、時分がそこにいないのかが、不思議だった

 
            

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