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 まさか、そんな


 「一度だけで、いいんだ。ヒューズ」

 何時もの様に誘われてロイの部屋で飲んでいた。
 親友同士の屈託ない戯れ。
 つい数秒前まで、ロイは俺の愚痴とも惚気とも言えないだらだらとした一方的なしゃべりを、
穏やかな笑顔で聞いていたのに。
 どこにきっかけがあったのか、それとも用意周到にタイミングを見計らっていたのか、その言
葉は秘めやかに囁かれる。

 「一度だけ、抱いてくれないか」

 体を抱えて眠ったコトはあった。
 口付けだって何度もした。
 でもそれは。
 恋愛感情ではなく。
 むしろ肉親愛に近いもので。
 少なくとも俺は、ロイに欲情したことはなかった。

 「ヒューズ」

 ロイは、もう一度熱に浮かされたように、俺を呼んで。
 するすると服を脱ぎ出した。
 妻の体よりも、簡単に輪郭がなぞれる体だ。
 仕官学校時代は、筋肉の付き方を指摘しては笑い合った。
 イシュヴァールでは、自分の痛みに気づけなかったロイの体中を調べてせっせと幾つモノ火
傷に軟膏を塗った。
 ロイが東方に転任してからだって、散々酒をあびた後バスルームでお互い眠りこけないよう
に、二人で子供みたいにシャワーを一緒に浴びた。

 「これなら、大丈夫だろう?抱けるよ、な」

 そこには、何時ものロイにはないものがあって。
 あるものがなかった。
 女性なら誰もが羨むだろう、豊満な乳房にくびれたウエスト。
 我に返れば、俺が好きなさらさらの黒髪は腰の辺りまで揺れている。
 ナニが無くなっている代わりに、目では確認できないが、膣が、子宮ができているのではない
のか。
 これだけは、変わらない真っ黒に濡れた瞳が、一心に俺を見詰めていた。

 「グレイシアだけなら、我慢もできたけど。子供が出来た、から。不安、なんだ」

 俺はロイのこんな小さな子供の泣き顔にも似た表情に弱い。
 弱かった、けれど。
 人間できることと、できないことがある。
 ロイを愛している。
 もしかしたら妻よりも、生まれてくる子供よりも。
 イトオシイ。
 でも、そこには決して肉欲は絡まないはずだ。
 妊娠中のグレイシアを気遣って、SEXなんてもう何ヶ月もしていない。
 目の前にある体は、男なら誰でも欲しがる見事なもの。
 現金な俺の体は、それがロイのモノであるとわかっていながら、既に興奮していた。
 ズボン越しでもわかるくらいに、勃起しているのがわかる。

 「私が、大切なら……マース」

 腕が伸ばされる。
 一歩踏み出せば、ロイの腕は俺を絡め取って、夢のような愉悦の淵へ突き落としてくれるだ
ろう。
 そして俺は、そこから決して這い上がれない。
 わかるからこそ。
 一度だけでは終われないからこそ。
 俺はロイに手を出すわけにはいかなかった。
 「すまん。ロイ。お前は抱けない」
 「どうして、だ?ほら、この体はお前の好みだろう」
 先程までは、確かに男の体だった。
 錬金術か何かを、使ったのだろうか。
 余程の歪んだ嗜好を持っていなければ、まず狂うだろう見事な肢体。
 勿論ロイの言う通り、何もかも。
 囁く声の色も内容までもが、俺の好みに誂えられていた。
 けれど。
 「すまん。駄目だ。例えお前がどんなにイイ女の体をしていても。できない……お前は、親友
  だから。肉親も同然なんだよ……頼む」
 色々な言葉を使って、ロイを煙に巻くぐらいできたはずなのに。
 俺は馬鹿みたいに、繰り返した。
 これを、言ってはいけない気がした。
 でも、それを言わなければ、俺はロイを拒否し切れそうになかったのだ。
 「お前を嫌いになりたくないから。お前とだけはSEXできない」
 言い切った瞬間。
 ロイは大きく目を見開いて。
 深く、息を吐いた。
 「そうか……」
 それ以上、何かを言えば俺はロイを抱いてしまったかもしれない。
 俺は、ロイがどれほどの覚悟を決めて、その言葉を口にしたのか。
 わかっていたつもりだった。
 けれど。
 ロイはそこで笑ったのだ。
 疲れたような、諦めたような。
 安心、したような。
 不思議な微笑だった。
 「すまなかったな。ヒューズ。もう二度と言わない。酒が過ぎたと思って忘れてくれ」
 ロイは床に落としていた服を拾って、ゆっくりと肌に付け始めた。
 「……ごめんな。ロイ」
 「いいんだ。わかっていた結果だ」
 言いながらもロイは俺と、顔をあわせようとしない。
 「もう、二度とこんな風にお前をわずらわせたりはしないよ、本当に申し訳なかった」
 下着も着ずに、パジャマを羽織ってボタンを止める。
 指が震えているのは、少し離れたこの距離からでも見て取れた。
 何だか自分が、とんでもないことをしたような気が、して。
 俺はロイに向かって腕を伸ばしたが。
 ロイは、するっと身をかわした。




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