本当に、優しい。
僕にですら優しい、君を知った。
だから、もう、良い。
それだけで、十分だ。
記憶を失った僕に、本当を教えなかった君。
僕は今、どれだけの感情を持って君を、思うか。
伝えてしまいたいけれど。
伝えれば君が、応えてくれるのがわかっていても。
僕は。
僕、は。
「空牙!!」
一瞬で、揺れた感情を断ち切り、技を放つ。
これで、蓬莱寺さんは僕に記憶が戻ったことを知るだろう。
実際僕を伺う気配が消えて、戦闘に打ち込む様子が見て取れた。
最終的に数えてみれば、12人対2人。
圧倒的な人数差をもろともせず、僕と蓬莱寺さんは襲い掛かってきた輩全員
を叩きのめす事に成功した。
「紅葉!怪我はないか!」
「紅葉?」
わざと訝しそうな、顔をしてみせる。
蓬莱寺さんは、僕が嫌な顔をしなかった時だけ、紅葉と呼ぶ。
僕が、そう仕向けている。
「あ!記憶が戻ったんか。んじゃあ、壬生……怪我は」
「無いよ」
努めて、素っ気無く。
「なら、良かった」
両肩を落とした蓬莱寺さんは、木刀についた血を払うと手馴れたしぐさで袋
に仕舞い込む。
「迷惑をかけたようだね?」
「いや、全然。戻って良かったよ。記憶」
「記憶……喪失?」
「そ。良かったぜ。初々しい壬生」
「ふ」
鼻で笑う。
ちょっとだけ口惜しそうに、蓬莱寺さんは首を傾げた。
「ってーことは、やっぱり記憶喪失って、記憶なくしてる間の記憶って残ら
ねーんだ」
いや、僕の場合は覚えてる。
「みたいだね」
「残念無念。せっかく恩着せよーと思ったのに」
「借りを作るのは好きじゃない。食事でも?」
コンクリートに無造作に置かれているビニール袋を持つ。
「覚えてないのに。律儀だなー」
「世話になったのは事実だろ?」
側にいてくれたのが、君でよかったと。
告げられない口を、どうか、許して欲しい。
「そーだけどなー。んなつもりで言ったわけじゃねーもんさ」
「僕の作る食事が食べたくないと」
「違う!それはぜってーねぇ!ああ、もうだから……喜んでいただきます!」
「ああ」
君を、僕の闇に引き込むわけにはいかない。
それだけは、できないから。
一線を引いた、友人のままで。
君が『紅葉』と呼ぶ声を、胸の奥に大切に仕舞い込んで。
僕にも優しい、君を儚い思い出にして。
僕も、君が大切なのだと。
特別なのだと。
告げたがる口を噤んで。
僕は君の知る僕らしく、皮肉めいた微笑を口の端に乗せ、君の半歩後を歩
き始めた。
END
*京一&壬生
長かった。これまた長かった。文章自体も長いし、かかった時間も長い(苦笑)
人の骨が砕ける音で、記憶が戻るってーのを書きたかったがためにこれだけ
書いてしまった。何だか、ラストを見ると壬生さんの片恋話にも見える。あれ?
しかも乙女ちっく(汗)
何はともあれ、どこまで続く京一&壬生萌。