メニューに戻る次のページへ




  無邪気に笑う残酷



 「フェリシア君? どこ、行ってたんですか! もぉ、心配しましたよ!」 
 「……ヴぇ。ごめんねぇ?」
 玄関先、そろそろとドアを開ければ仁王立ちをする本田の姿があった。
 「出かける時は、心配ですから一言行って置いて下さいって! 何時も言って! ちょっつ、
  ふぇりしんっつ」
 以前と変わらずに、自分の心配をしてくれる本田の唇を塞ぐ。
 甘くて、やわらかで。
 本田とキスをする時は、何時でも何となく。
 レモン風味のマシュマロを連想してしまう。
 甘さの中に爽やかさが隠れている感じ?
 でもって、もちもちのふよふよ。
 とにかく、気持ちが良い。
 キスだけでイけそうになるくらい。
 抱く腕に力を入れても、キスの合間に彼から漏れてくるのは、微苦笑。
 そうして、あやすようにフェリシアーノの背中を撫ぜてくれるのだ。
 
 彼の愛しい恋人を永遠の闇に沈めた、この、俺の背中を。

 カークランドの一体どこがいいのかと、正直。
首を傾げたのだけれど。
 何より彼といる本田は何時でも、蕩けそうに幸せな笑みを浮かべていたので、仕方ないのだと
思っていた。
 カークランドも本田を、とても大事にしていて。
 傍目から見れば、初々しいくらいのカップルだった。
 少なくともフェリシーノやルートヴィッヒの目には、そう映っていた。

 けれど。

 全てを、理解したあの日。
 日本では、霧雨という雨が降っていた。
 しとしと頬にあたる雨の感触は優しいのに、気がつけば全身がずぶ濡れになる不思議な雨。
 不意に、どうしても本田に会いたくなって、アポも取らずに日本へ飛んだのは、虫の知らせの
ようだったと、今になって思う。
 玄関のチャイムを鳴らしても、返答がない。
 けれど、ガラス戸に手をかければ、鍵がかかっていないのだと知れる。
 「菊―! 遊びにきたよ!」
 寝ているか、何か手の離せない用を済ませているか、近所へ出ているだけ……そんな所だ
ろうと判断して、家の中に声をかけながら上がる。
 「……寝てるの?」
 そっと寝室の襖を開けて、中の様子を伺ってみたけれど。
 そこに、本田の姿はなかった。
 「寝てない? そしたら、キッチンかなー。でも美味しい匂いもしなかったし……」
 一人ぶつぶつと呟きながらキッチンへと、足を運ぶ、途中。
 声が、聞こえた。
 掠れた、甘い声。
 さざめくような笑い。
 そして、押し殺した悲鳴に紛れた。
 助けを呼ぶ、必死の懇願。
 「菊っつ!」
 逃げ足だけは世界一と呼ばれるフェリシアーノは、ルートヴィッヒと菊の為だけに、その俊足
を逃走以外にも使う。
 菊が、誰かに助けを求めていると、そう思ったのだ。
 しかし。
 「おや。フェリシア」
 フェリシアーノの声でくるんと振り向いた菊は、無邪気に笑った。
 手首を縛られて、口枷を嵌められて。
 散々涙を溢したのだろう真っ赤な目をした、ジョーンズの上で腰を振りながら。
 「はしたない所を、見せてしまいましたね?」
 笑み零れる菊の、腰は止まらない。
 実にいやらしく射精を促す尻の動きは絶妙だった。
 お互いの様子を伺うに、恐らく無理矢理なのだろうけれど、若いジョーンズではひとたまりも
あるまい。
 「はしたなくねーよ。アルの上で腰を振る菊は、愛らしいだけだ。そいつも、きっと。そう思って
  いるさ……なぁ。そうだろう? フェリシアーノ」
 「……アーサー」
 全裸の菊に、下肢を晒しただけのジョーンズ。
 シンクに腰を下ろして足を組むカークランドの、着衣は完璧だった。
 彼は、上着も脱がず、手袋すら外していなかった。
 「ど、して?」
 「何がだ?」
 「君、菊が好きじゃなかったの? 愛してたんじゃなかったの? 菊だけを抱くんじゃ、菊を、
  自分以外の誰にも抱かせないんじゃなかったのっつ!」
 自分だったら、間違いなくそうした。
 恋人が好きなら、大好きなら、愛しているなら普通、そうするに決まってる。
 「おいおい、そんなに興奮するなよ」
 「そうですよ? フェリシア。落ち着いて下さい」
 「菊っつ!?」
 カークランドの揶揄う声よりも、どこまでも優しい菊の宥める声音に絶望した。
 「まー。お前は菊にベタ惚れで、甘さも炸裂だから、しゃーねーか。おい、菊。俺はこいつと
  客間にいるから、アルをイかせたら、茶を淹れて来いや」
 「アル君はどうします? 放置? それともご一緒に?」
 「そう、だな。もう十分反省もしたろうし。一緒に連れて来て構わない。お前がきっちり、リード
  を引いてな。ちゃんと四つん這いで歩かせろよ?」
 「はい。わかりました」
 極々普通に紡がれる残酷な会話に、ジョーンズの瞳に新たな涙が盛り上がった。
 誇り高い彼には、想像を絶する屈辱だろう。
 初めからプレイとしてなら、楽しめるぐらい性に奔放な所はある彼でも。
 無理矢理。
 大好きで、可愛がっていて。
 更には保護対象として見ている菊に、犬のように首輪をつけられた挙句、リードを引かれ、
四つん這いで歩くように強制されてしまえば、涙も出るというもの。
 ほろほろほろほろと涙を溢すジョーンズの両頬を優しく包み込んで、宥めのキスを落とす菊
は。
 しかし、まだ。
 腰を振っている。
 それを止める事が出来るのは、菊ではない。
 カークランドだけなのだろう。
 「おい。行くぞ」
 「……ん」
 促されて、後ろ髪を引かれる思いでカークランドの後ろにつく。



                                         鬼畜英が活躍中。
                             しかし、このお話の主役は黒伊です。



                                       メニューに戻る次のページへ
                                             
                                       ホームに戻る