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 一瞬、頭にノイズが入ったような表情をする。
 正気だった頃の思考が走り抜けたのだろう。
 自分こそが、菊の恋人だったのだという、その事実が表層に出かけたのだ。
 「おかしいかな?」
 「……いいや。菊には、君のようなやわらかい存在が似合う」
 しかし、意識が朦朧としている時に聞いたのだろう残酷な菊の言葉と、散々施されている
洗脳によって、悲しい出来事が再び蘇る事はない。
 「カークランド。君はね。菊に取ってとても大事な友人なんだよ」
 「俺に、取っても。大切な友人、だ」
 「だよね? だから、君が不安がる事はなにもない。それでも、まだ心配なら、菊をここへ
  連れて来てもいい」
 「や! 駄目だっつ。それだけは、駄目っつ!」
 必死に首を振るカークランドに、周囲の緊迫感が上がる。
 じりじりと強い気配が、近寄ってくるのをフェリシアーノは掌で制した。
 「落ち着いて、カークランド。何が、駄目なの」
 「俺、今こんなんだから! 落ち着けて、ないからっつ!」
 カークランドは、取り乱す己を菊にだけは見せたくないのだろう。
 それは、きっと。
 彼の最後の砦。
 せっかくの機会だから、完全な狂気に沈めてしまおうとも思ったけれど。
 それでは、ジョーンズを敵に回す事になる。
 菊は、悦んでくれるかもしれないけれど。
 悲しみもするだろうから。
 「じゃあ、落ち着いたら。菊の所に遊びに来てくれる? カークランドがブレンドしてくれた紅茶。
  菊、大好きだからさ」
 「……ああ、そうだな。菊は何時も、俺が作ったブレンドティーや薔薇を喜んでくれるんだ」
 「菊は、何時まででも待ってるから。焦らないで。君が菊の元を訪れても良いと思えるように
  なったら、来てくれないかな? 菊。すっごく悦ぶと思うから」
 「そう、か……菊は、喜んでくれるのか……」
 ほろほろほろと、それはそれは綺麗な涙を溢すカークランドは。
 どうやら、幾許可の心の平穏を取り戻したようだ。
 フェリシアーノは、静かに席を外す。
 後は妖精達が、彼が取り戻した平穏を保ってくれるだろう。
 ジョーンズが、ギルベルトの手のよって完璧な洗脳を手に入れるまでの僅かな、間を。

 「……少し気分が優れなかったみたいだけど、近々出てくると思うよ。菊にブレンドティーと
  薔薇をプレゼントするんだって、言ってた」
 「洗脳は、上手くいったみたいですね」
 同じように肉を切り分けて、血の滴り落ちるのを見極めて口にする菊は、相変わらずさらりと、
毒のある言葉を吐く。
 それを、毒と、認識できないのが、菊の考えるフェリシアだ。
 なので、フェリシアーノは、今度は偽りを乗せずに言葉を繋げた。
 「それがねー。ちょっと、失敗してたみたい。ほら、ジョーンズってば、カークランドにラブラブ
  過ぎたじゃない?」
 「あー。ですね。洗脳は基本、感情を乗せてはいけないものですからねぇ」
 「で。ギルに相談に乗って貰った」
 「ギルベルトさん? ああ、あの方は確かに洗脳に長けていらっしゃいますからねぇ」
 すうっと目を細めた菊が、一瞬、良からぬ色を孕む。
 悪意を持った表情では勿論ない。
 舌なめずりをせんばかりに、男を欲しがる色だ。
 そういえば、菊は、ギルベルトを尊敬できる数少ない存在なのだった。
 軍隊を作る時、色々と世話になったらしい。
 それは、今でも。
 ギルベルトの密かな自慢なのだと、フェリシアーノは知っている。

 本当、このライバルの多さったら、どうなの?

 誰にも負けるつもりはさらさらないが、少々凹むフェリシアーノだった。
 「それなら、大丈夫ですね。私の大好きな、優しいアーサーさんに会えそうです」
 しかし、菊のこれまた不安を煽る言葉に、一気に浮上した。
 全く、おちおち落ち込んでもいられない。
 「優しいアーサーが好きだったの?」
 「ええ。あの人は、何時でも私には優しかったですよ」
 「酷い事、されていたよね?」
 「ふふふ。アレもきっと私が望んだことなのですよ。あの人は、私の嫌がる事は決して、しない
  方でした」
 遠い物を見る目で、個空を見詰めた菊の目はすぐにフェリシアーノの元に戻ってくる。
 フェリシアーノが、案外と独占欲の強い性質なのだと、つき会う前から掌握されていた。
 「貴方も、私に優しいですよ。大好きです、フェリシア」
 そして、芽吹く不安を根こそぎ刈り取る甘い言葉を惜しげもなく囁いてくれる。
 イロコイに強い訳ではない。
 空気を読むのに長け過ぎているだけだ。
 「……今夜は、寝かせないよ?」
 「そのつもりで、ステーキにしました」
 こほんと、わざとらしく咳払いをして。
 堪えかねたように、二人して笑い合う。

 それはもう、無邪気な微笑だ。

 その、微笑を独占したいと思う以上。
 フェリシアーノは、笑みに癒されもし、傷付けられもするだろう。
 そして、完全に手に入れる事はかなわないと、既にわかっている。
 ある種、残酷な笑みだ。
 けれど、フェリシアーノは菊を手離すつもりは欠片もなかった。
 この先も、ずっと菊を愛し続け、その微笑に捕らわれ続ける。

 本気の恋愛とは……そういうものだと知った。




                                              END



 *ちょっと待って! フェリシアより、菊たんのが黒いんじゃあ!
  でも、この菊さんは、天然なんです。一応。
  それを、きゅきゅっとアーサーさんに磨かれてしまっただけなんです。
  きっとそうなんだ。
  うん。
  しかし、マイブームの黒伊楽しくて仕方なかったです。
  まだ書き足りないとか、どうなんでしょ。とほ。         2009/05/28




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