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 あちらこちらの地面に、ぼこぼこと穴が開いている。
 紅蓮の錬金術師の戦った跡には、よくこういった穴が残されていた。
 人体を爆弾に挿げ替えて、殺す時。
 周りに遮蔽物がないと、こんな風に数メートルほどの穴が開くのだ。
 目の届く範囲内でも、数十を数える浅くて心持赤い色のクレーター。
 この分では、テロリストどころか共に派遣された軍部の一般兵の命も散らされているだろう。
 昔から、紅蓮のには、味方と敵の判別が付かなかったから。
 
 私は、大きく息をつくと穴に足を取られないように注意を払いながら、残っているテロリスト、
兵士。
 そして絶対に生きているはずの、紅蓮の錬金術師の姿を捜した。
 百メートルほど、歩いただろうか。
 随分穴の数も減り、代わりに壊れた建物が増えてきた道すがら、からっと、何かが落ちる
音に振り向く。
 「紅蓮の……」
 悪びれた風もなく、軍部の制服をだらしなく着崩した紅蓮のが姿を現わした。
 「久しぶりですね?焔の」
 にいっと口の端だけを器用に上げてみせる笑い方は、昔から変わっていない。
 「君が定期連絡を絶たなければ、一生会う事もなかっただろうよ」
 「全くつれない戦友殿だ。私は貴方に、会いたくてこんな事をしでかしたというのに」
 のんびりと特に緊張する色も見せずに、ゆったりと歩み寄ってくる紅蓮の掌には、くっきりと
鮮やかに錬成陣が彫られている。
 いっそ簡素なほどの陣の周りに埋め込まれた呪言。
 錬成陣が簡単なものであればあるほど、その能力者の実力は高い。
 私が知る中で一番簡素なものは、結晶の錬金術師。
 ティム・マルコーのもの。
 そして、その次くらいには紅蓮のを上げるだろう。
 爆弾狂と呼ばれて、軍牢の奥深くに閉じ込められていたとしても、彼が優秀な国家錬金術
師なのには変わりないのだ。

 「私に、会いたかった?」
 「そうですよ。久しぶりに貴方の焔が見たくなりました」
 「馬鹿な!」
 「信じてくれないんですか」
 やれやれと大仰に方を竦めて、私の数歩手前で止まる。
 手を伸ばしてもぎりぎり届かない距離。
 その僅かな距離だけで、紅蓮のに、私を爆弾に挿げ替える意思がないのだと、知る。
 確かに、私に会いたかったとか。
 そんな馬鹿げたものでないにしろ、何らかの理由がなければ、こんな所には留まっていな
かっただろう。
 テロリスト達を壊滅させ、久しぶりの爆発の饗宴を存分に楽しんで、軍への連絡を絶った時
点で、姿を消せば良かったのだ。
 そうすれば、それこそ爆弾の錬成三昧。
 軍から逃れる事も、容易かったはず。
 「連絡を絶てば、私を捕まえる為の国家錬金術師が派遣されるのは分かりきった事ですよ。
  現在、私を捕らえられる条件が揃った国家錬金術師なんて、貴方ぐらいじゃないですか?」
 「そんなことは、ない。まだ軍には幾らでも優秀な軍人はいるさ」
 「優秀なだけじゃあ、無理ですよ。私を捕まえるのは」
 「……そうだな」
 人の心のない紅蓮を掴まえるのは、やはり人間である事を捨てられる存在でないと難しい。
 私自身人の心を捨てるつもりは毛頭ないが。
 紅蓮のと対峙する時に、全てを捨てる覚悟くらいならば、持てる。
 「それに貴方を失脚させたい人間なんて、幾らでもいるでしょう?今回最初から貴方でなく、
  私を派遣したのはたぶん。そんな思惑も絡んでいますよ」
 「……意外、だな」
 自分の欲望を満たすためならば、どんな罠があろうとも気にしない紅蓮のが、軍の思惑自体
を口にするなんて、稀有。
 「まぁ。貴方が絡んでいる事ですからね。焔の。会いたかったと、言ったでしょう?」
 認めたくはなかったけれど。
 人を爆死させる作業にしか興味のない紅蓮のが、私を特別扱いしているのには気がついて
いた。
 私よりも絶対的に意志の強い紅蓮のならば、あのイシュヴァールの最中。
 殺す機会なんて幾らでもあったのだ。
 命令とはいえ、多すぎる命を霧散させていた重すぎる罪悪感に、潰されそうになっている、
私の側。
 飄々と現われて。
 『貴方に死なれるのは面白くないんですよね。私、貴方の焔が気に入ってるんです』
 笑いながら私の身代わりに、更なる人を殺した。
 清々しさを感じさせるほどの、呆気なさで。
 『それに貴方の死に場所は、ここじゃあ、ないんでしょう?』
 意外に天寿を真っ当させて、ベッドの上で老衰とか、お似合いですよ。
 などと、ふざけた口調の中に、どこか真剣さを孕ませて笑んで見せた。
 狂気の淵に落ちかけた私を、正気に還すほどの、屈託のない微笑を。
 実はまだ、鮮明に覚えている。
 「会いたかった、か?そして私の技が見たかった、と?」
 「相変わらず、鮮やかなんでしょう。腕は落ちてませんよね」
 「……そんなにも、お望みならば、披露しないと申し訳ないな」
 ちょうど紅蓮のの、胸の辺りに指先を向けて発火布を擦らせようとした瞬間。
 がちんと、ライフルの弾丸が装填する音が耳に届く。
 振り返れば、歯の根も合わぬほどに震えながら、ライフルを構える兵士の姿があった。

 よくこの爆弾狂から逃れられたものだ。
 「おい、大丈夫か?」
 手を差し伸べて近寄ろうと一歩を踏み出したその時。
 ががががっつ、と。
 ライフルが火を噴いた。
 「え?」
 痛みよりも驚きの方が多くて。
 口から吹き出た血が、地面に落ちるまで思考が停止した。
 「マスタングっつ!」
 呼ばれて、胸から中心にばっと恐ろしい程の熱が体中に伝播した。
 「ぐ、れん?」
 振り返ろうとして、そのまま地面に真正面から倒れ込む。
 「ナニを、やってるんですか、アナタはっつ!」
 素早くけれど、びっくりするほどの慎重さと優しさで紅蓮のは私を抱き起こした。
 「はは、動転してる、紅蓮なんて、初めてみた」
 「しゃべるなっつ!大人しく気絶しておきなさいっ!」
 胸を掌で押された私は、血の塊を天に向かって吐き出しながら意識を失った。

 ぱた、と何かが頬に落ちてきた。



                                   

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