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 腰にかかっていた爪に、力が入って。
 尻をすうっと撫ぜられる。
 
 ああ、来る、と思った瞬間。

 ずん、と奥まで届いたアレから、やっと吐き出される僅かに暖かい液体。
 無論、一秒たりとも変わらぬタイミングで私も、少しだけ白っぽい精子交じりの精液を吐き
出した。
 ぎゅうっと抱き締められて、安堵と共に抱き返そうと背中に伸ばしかけた指先に力が入ら
ない。
 「大人しく、気を失ってしまいなさい」
 耳朶を噛まれながらの甘い囁きに、私は頷けたのだかどうか。
 容易に意識を手放した。

 覚醒は寒さによって促される。
 「……んんう?」
 素肌に触れているのは、肌に優しいタオルケット。
 その上には、高級仕様の毛布。
 更には、薄掛けの羽蒲団に厚掛けの羽蒲団。
 冬とはいえ、そんなに寒いはずもないのだが。
 身体の心から冷えるような、寒さに震える。
 適当に自分の体熱をコントロールして、私を抱き抱えてくれるホーエンハイムの姿がなかっ
たからかもしれない。
 私は、タオルケットを肩から全身に巻きつけて、半身を起こすと彼の姿を捜す。
 目線をぐるっと一周させる途中で、姿を見つけた。
 彼は見事としかいいようがない裸体を晒して窓辺に立っている。
 私は足音を忍ばせて、そっと近付くと彼の背中に抱きついた。
 「ロイ君?」
 びっくりした声だ。
 本当に珍しいが、私が抱きつくまで気が付かなかったらしい。
 「起こしてしまったみたいだね。すまない。寒くなってしまったんだろう?暖炉に火でも入れ
  ようか」
 「んーん。ホーが暖めてくれればいいです」
 「そうかい。では…よっこいしょっと」
 掛け声付で太ももの上に背中から、タオルケットごと抱え上げた彼は、そのままの体勢で
抱きすくめてくれる。
 タオルケットが温まって、更に絡められた足の指先までもが暖まるまで十数秒もかからな
かったに違いない。
 「道理で寒いはずだ……雪、降ってきたんですね」
 窓の外を見れば異様なまでの寒さの、原因が知れた。
 「そうなんだ。急に音が消えるからどうしたのかと思ったら、降り出してね。随分積もった
  ろう?」

 「まだまだ、積もりそうですね」
 「そうだね」
 二人窓の外を覗き込めば、はらはらと小さな粉雪が舞っている。
 この寒さから察するに、直、吹雪にでもなるのだろう。
 「雪は、好きだよ」
 「初耳です」
 「そうかい。ロイ君は?」
 「雪、ですか」
 「ああ」
 問われて、しばし考える。
 「見るのは好きです」
 「ああ、君、寒いのは苦手だからね」
 触れている頬の動きで微笑を感じた。
 「ええ。だからこうして貴方の腕に包まれて見る雪は好きですよ」
 重ねて返事をすれば、更に笑みが深まる気配。
 「私も好きだ。君を腕の中に抱え込んで、二人。見る雪は。ずうっと、こうしていたいと思うくら
 いに」
 より強く頬が触れてくる。
 あたる髭がこそばゆい。
 「明日は、早いんですか」
 私には決して教えてはくれない、何かを、探す旅に出てはふらりと、思い出したように私を訪 
れてくる。
 そんな関係になって久しい。
 「君と同じ時間に出ようかな?」
 「え!私、明日は休みですよ」
 「だから。君が休みの時くらいはあわせないと、ね」
 「……嬉しいです」
 何時だって見送るのは嫌だった。
 背中を見詰めては、今度こそ最後だと毎回己を戒める自分がいて。
 その癖、またその広い背中に爪を立てることを望んでいるのを自覚させられるから。
 「うん。私も君がそうやって笑ってくれるのが一番嬉しいよ」
 珍しく強引に顔の向きを変えられて、唇に、キス。
 「もう一度、ベッドへ?」
 「さすがに…体がもちませんので。二人でゆっくり休んでからしましょう」
 「朝から……頑張るのかな?」
 「そうではなくて!」
 「わかっているよ。二人でのんびりと過ごそうね」
 「はい」
 「…でも、どの道そろそろベッドに入った方がいいんじゃないのかい。だいたい君は普段から
  寝不足なんだし」
 ナニに刺激されたのか。
 急に父親のような口調になってしまった。
 この手の態度には慣れっこだが、気分的には毎度新鮮に驚かされる。
 鋼のやアルフォンス君にも、昔。
 こんな態度を取ったのだろうか。
 それとも、今。
 取りたいのだろうか。
 彼等の代わりを務めるのは、やぶさかでもないが。
 やはりこの人を父親とは思えない。
 「もう少し、雪。見ていたいです」
 「まるで、小さな子供のようだよ」
 「貴方に取っては似たようなモノじゃないです?」
 取って返せば、くつくつと喉がうねった。
 「確かに。私は君をそんな風に扱う事が多いね」
 自覚はあるのだろう。
 笑いは長く続く。
 「でも、私は君を子供だとは思っていないよ?」
 「では何と」
 「言わせるつもりかね?」
 「言って欲しいです」
 向きを変えられて、真正面向かい合う。
 「私は君をコイビトだと思っているから」
 額に口付けが届いて、瞳を覗き込みながら。
 「子供とは思えないよ。犯罪は御免だ」
 「犯罪は余計です」
 「そうかね」
 「はい」
 頬を包み込むようにして両掌をあてれば、いつの間にか逆転している体温差。
 自分では永久に己を温められない、彼に、せめて束の間の温もりを与えたくて。
 必然、肌で触れ合うスキンシップが増える。
 「……静かだね。君の呼吸しか聞こえない」
 「それすらも雪が、吸い取ってしまうようですよ」
 「そうなったら、お互いの温もりだけが全てだね」
 「好きですよ。そういうの」
 「私もだ」
 飽きもせず二人。
 言葉遊びを繰り返して、稚拙な触れ合いを続ける。
 「こうやって、心穏やかに過ごす時間は、いいね」
 「今後、まだまだできますよ。私とて一生涯を軍に捧げるつもりはありませんし。目標を果たし
  たら……貴方と二人田舎に引き篭もるのもいいですね」
 儚い夢かもしれない。
 私の前に立ちはだかる壁は強大だ。
 「楽しみにしているよ。ナニ。悠長に考えればいいさ。私には時間だけは飽きるほどあるから
  ね」
 「そうですね。気長に待っていて下さい」
 優しい腕の中、こうして雪降る最中でも温もりを感じながら死ぬような、穏やかな一生は送
れないだろう。
 きっと、降り積もる雪を鮮血で染め上げるような、そんな死に方をする。
 それでも。
 望むくらいはいいだろう。

 「待っていて下さい、ね」

 全てを終わらせて。
 ロイ・マスタングの名すら捨てて、ホーエンハイムのものになれる日が来るとは思えないけれ
ど。

 「ああ。待っているよ」

 永遠を生き続ける彼の、一時の安らぎになれればいい。
 
 ぶるっと震えた身体を心配してくれたのか。
 私の身体は抱え上られてそのまま、ベッドに寝かしつけられた。
 抱き締めてくれる腕の中に、身体を投げ出して、ほうと安堵の吐息をつく。
 部屋の中。
 白い息がふっと空に溶け入る様を見詰めて、後。
 私はホーエンハイムの心音を聞きながら、目を閉じた。

                                     


                                       END




 *ホーエンハイム×ロイ。
  ひゃー長かった。長かった!
  何はともあれ、雪の似合う季節に完結して喜び一入です。
  もっと、情景描写を入れたかったんですが、行ったり来たりしているロイさんの
  心理描写に終始しました。はははは。
  後半戦どうにも、閣下とホー様の描写が被って参りました事、この上もなし。
  精進しますデス。

                     


                                

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