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 歯車

                                      
                                        
 軍人とは、所詮歯車のようなものだ。
 一つでは、役にも立たず。
 がっちりと組み合って、初めて一つの時計になる。
 そんな風に。
 軍隊と称されて、ようやっと何かを動かせる、ような。
 欠けて、動かなくなる需要な歯車はあれど、代用品は幾らでもあるだろう。
 が、稀少品というものも、実際存在するのだ。

 私が今、彼が焼く死体と共に、その鑑定監察を命じられている存在。
 最年少国家錬金術師。
 二つ名は、焔。
 階級は、少佐。
 
 名前を、ロイ・マスタングと言った。
 
 「マスタング少佐……」
 「……はい。何ですか、先生」
 攻撃系国家錬金術を総動員した結果。
 誰もここまで早い終結は考えなかっただろうと言う、凄まじい早さで殺戮は進んでいった。
 最近では大人数の惨殺は叶わずに、上手に隠れているのを何とか見つけ出し、一人、二人
と僅かな人数を殺す日々。
 このまま行けば、イシュヴァールの民を殺し尽くすのではないかと、危惧する有様。
 何時停戦命令が走るとも限らない、現状で。
 今、俺の目の前に立つ少佐は壊れかけていた。
 先立って、数少ない良心の持ち主であるアームストロング少佐が更迭されたのも、壊れに拍
車がかかったのだろう理由の一つと踏んでいる。
 最前線に立つ国家錬金術師にしか、分からないだろう痛みを共有できる相手を失った少佐
は、目に見えて衰えた。

 「……少し、寝ていけ」
 「は?」
 「もう、何日も寝てないんだろうが。こんな血生臭い場所でナニだが。テントで一人、魘され
るよりはましだろうよ」
 手首を引っ掴んで、抱き寄せる。
 反射的に発火布を擦り上げたのには、さすがだと賞賛してやってもいい。
 更に放たれた火花は、俺という目標を反れて、穴が空いてゴミ箱ぐらいにしか用途の無い
バケツを綺麗に燃やし尽くした。
 「すみません!センセっ。怪我ぁ」
 「ねぇよ……ったく」
 己の失敗に気が付いて矛先の軌道修正はできえても、威力を殺すまでの余裕がない。
 いっそ完全に壊れた方が、治しようもあるのだが、中途半端な破綻が一番恐ろしいのだ。
 俺は専門医じゃねぇってのによ。
 普段ならば、頼まれてもやらないのだが。
 マスタングに関しては、どうにも甘くて、自分でもコマリモノだ。
 「力の制御も満足にできねー精神状態じゃ、最後までもたねーだろ。もうすぐ長かった戦争
も一応は終結する。後ちっとの、我慢だ」
 「……はい」
 「わかったら、寝るぞ。靴と上着ぐらいは脱げよ?」
 俺が白衣を脱ぎ捨てる側、のろのろとマスタングは上着のボタンを外し始める。
 靴と靴下を脱いで、ベルトを外す。
 ワイシャツのボタンは数個だけ、外して先にベッドの上に座った。
 「ほら、坊主。こいや」
 柄にもなく、大きく腕を広げてみる。
 靴を脱ぎながら振り返ったのでマスタングは、危うく床の上転がりそうになった。
 「と、あぶねー。あぶねぇ」
 首を軽く掴んで勢いを殺さず引き寄せれば、大人しく腕の中に収まる。
 戦闘に関しては凄まじいものを見せるというのに、こんな場面では意外と不器用な奴で。
 
 目が離せない。
 今もまた、俺のぬくもりを求めて、ごそごそと身じろぎしたと思ったら、胸に頭を預けて、ほっと
溜息なぞをついている。
 幼い子供のする行動にとてもよく似ていた。
 甘やかされるのを良しとしない性分らしく、俺の知る限りでは、マース・ヒューズ大尉、リザ・
ホークアイ少尉、リュオン・エッガー大佐ぐらいだろうか。
 形は違えどマスタングを甘やかす事が出来、また本人もそれを受け入れて後悔しないのは。
 本来ならば、俺なんぞの出番はないのだが。
 三人共が引き離されてしまったのだから、まぁ仕方ないのだろう。
 俺の甘やかしを受け入れるほど、壊れているのだ。
 手離すわけにもいくまい?
 軍上層部は、国家錬金術師を人だとは思ってはいない。
 兵器。
 それも使い捨ての兵器だとしか考えられないのだ。
 自分の度量を超えて功績を残せる軍人を、無理矢理にでも蔑まないと、己の誇りを保てない
とでもいうのだろう。
 全く愚かな話だ。
 そうやってマスタングから大切な人間を引き離して、もし狂ったとしたら、言うのだろう。
 『所詮は使い捨ての兵器にすぎんよ』
 と。
 俺が知るマスタングの実力は、半端ではない。
 手負いの獣がもし、牙を向いた時に、対応できる上層なんて、閣下ぐらいだろうに。
 そんな恐ろしさも知らず、机上の空論だけを追いかける愚者どもの思惑に、誰がマスタング
を嵌めてなぞ、やるものか。
 「どうした?寒いのか。毛布は、これしかないんだ」
 ぶるっと震えるので、周りの夜気が入り込まないように自分の身体ごと毛布を巻きつける。
 「寒くはありません……ただ」
 「ただ?」
 「何だか、震えが止まらないだけです」
 「…そうか」
 自らが行なわねばならない昼間の惨劇が、瞼の裏から離れないのか。
 真っ黒い瞳は虚ろに開かれたままだ。
 「もう少しだ。マスタング」
 頭を撫ぜて、額に口付ける。
 髪の毛を掻き上げてやれば、より一層幼い風情になって、切なさを煽られた。
 「後、少しだ。マスタング。時機に終わるから」
 瞼の上に口付ければ、長い睫毛が震えて。
 俺の唇に促されるように、その瞳が伏せられる。
 「それまでは、生きろ……死ぬなよ。お前より、死ななきゃならん人間は幾らでもいるんだ。
  死ぬな」
 きゅと。
 胸の辺り、シャツが掴まれた。
 シャツの代わりに自分の指を捩じ込んでやれば。
 今度は指を握り締めて。
 掌を差し出せば、指を絡めるようにして、硬く握り締めてくる。
                           

                         

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