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 「でも……私には……本当、は…」
 『生きる資格なんて、もう、ありはしないのに』
 涙混じりの小さな、小さな告白。
 「馬鹿が……」
 まだ何か言い募ろうとする唇を、自分のそれで塞ぐ。
 熱い吐息が、甘く感じられて。
 自分まで引き摺られないように、ゆるく首を振る。
 「生きる資格は、どんな人間にもある。今後、どんな生き方をするかが、問題なんだ。違う
  か」
 駄々っ子のように、首が振られた。
 開いた目には、水の膜が張られていて、黒目をより一層深い色に見せる。
 「生きろ。マスタング。悪夢は何時か、覚めるから」
 「……覚めますか」
 「ああ、必ず。絶対に」
 「先生が、そう言うと本当に、終わる気がします。凄いですね」
 無理に浮かべようとする微笑は、小さな子供を思わせた。
 親に心配をかけないように、自分にも言い聞かせて。
 
 大丈夫、だ。

 と。
 「凄いだろう?でもって本当に戦争が終わるから。更に坊主は俺様を尊敬する羽目になるん
  だ」
 「何時も、尊敬してますよ……私と同じ血の匂いがするのに、先生。どこも何も変わらないか
  ら」
 すんと小さく鼻が鳴る。
 自分と同じ臭いを感じ取っているのだろうか。
 まるで小動物のようだ。
 「変わったさ?少なくとも俺にお前さんを甘やかす趣味はなかったからな」
 「……趣味、ですか?」
 「問題あっか?」
 「いいえ」
 くすっと零れたそれは、マスタングが少し前まではよく見せていた屈託の無い笑い。
 「うら。おしゃべりはこの辺で。もう寝ろ。明日も多分早いぞ」
 「ええ、そうですね」
 先刻よりはずっとずっと穏やかな風情で、瞼が下りる。
 「おやすみ、マスタング」
 長い睫毛を唇の下に感じながら、瞼におやすみのキス。
 全く、柄じゃない。
 「おやすみなさい、先生」
 お返しのキスは、唇に。
 吐息が掠めるくらいに軽やかに届く。
 ずれた毛布を直して、改めて抱え込めば大人しく腕枕に甘んじて。
 すとん、と眠りに落ちた。
 
 眠ると一層幼げになるその風情に、惑わされないように肩で大きく息をする。
 ここは、戦場で。
 俺はマスタング以上の捨て駒に過ぎない。
 甘やかす、以上の感情を覚えてしまったら、すぐさま先の三人のように排除されてしまうの
だ。
 少なくとも表向きは替えの利く歯車らしく、監察対象として冷静にマスタングを見続けるさ?
 実際それはマスタングの為でも有り、俺の為でもあるのだから。
 間違っても、お偉いさん方の煽りには乗らない。

 何よりマスタングを正気のまま、この戦場から還さなくてはいけないのだから。



                             
                                                     END




 *ノックス×ロイ
  大変楽しかったです。まさか、公式でロイが『先生』なんていう相手に会えるとは
   思わなかったもんなぁ。

  公式でフルネームが出てないので(ですよね?)しばらくは、先生と呼ばせて下っ
   て頂こうロイたんには。

                           

                         

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