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   「人の魂の欠片を、この世に、止めおいただって?」
 錬金術師として、それを成し得る人間はいるだろう。
 俺にだって、できる。
 ただ、あまりにも非道だからしないだけ。
 ましてや、己が殺した人間の魂を捕まえておくなど。
 単純に蒐集が趣味のコレクターぐらいのもの。
 変態か狂人かの、どちらかにしかでき得ない所業。
 「アンタ、そんなに狂ってたんか……」
 マース・ヒューズに。
 親友でもあり、恋人でもあり。
 きっと全てだったのだろう、その存在に。
 
 誰にでも優しい人だった。
 奥さんも子供も親友も、部下も。
 俺やアルフォンスも、随分甘やかして貰った。
 こんな人が、自分の親父だったらきっと、こんな荒んだ生活は送ってなかっただろうなーと、
甘やかな夢想を抱くほどに。
 ロイと一緒にいる姿に嫉妬したこともあるけれど。
 俺は親友なんて一生持てないだろうって、思っていたから。
 お互いを支えあって、時に、その心の闇に深く踏み込むことすら厭わない許しあった関係は、
ただ。
 羨ましかった。
 そう、とても……羨ましかったのだ。

 『私が、何を失っているか皆目検討がつかない。ヒューズが還っても還らなくても。私が正気
  を失っていたら、どうか下記のことを実行して欲しい』
 手紙は人体錬成の過程を事細かに綴り終えた後。
 純粋な、遺言に、移った。
 自分亡き後やって欲しい事がつらつらと書かれている。
 確かにそれは、きっと俺にしか出来ない事で。
 他の人間には、出来ない事で。
 最後に俺を選んでくれたのかと思った。
 後始末を任せる人間としてで、でも。
 俺が絶対それを成し遂げるだろうと、手紙から、書いている最中大佐が浮かべただろう微笑
までもが伝わってくるようだから。

 自分についてきた人間の中でも、大切な存在には名前を上げて。
 彼彼女等が取るだろう行動すら予測して、丁寧に、慈しむように書かれていたというのに。
 俺に。
 恋人であったはずの俺に、与えられた言葉はたった一言。

 『私は、君を、愛していなかったのだよ……エドワード』

 エドワード、と呼ばれたのは初めてだった。
 何時か、あのやわらかな唇から言わせてみたかった言葉の一つ。
 そういえば、愛していると。
 言われた事も無かった。
 考えて、みれば。
 俺だけに抱かれてくれていたから、単純に愛されているのだと信じ込んでいて。
 疑った事など一度足りとも、なかった、のに。
 「俺の言葉は、何一つ、アンタに届いてなかったんだな」
 故郷を捨て、好いてくれた幼馴染を捨て、己を忘れたとはいえかけがえのない弟を捨て。
 弟の身体を戻す為に入った軍。
 アンタの野望に協力する、それだけの理由で席を置き続けて。
 だからって、自分が犠牲になったとは思わなかった。
 何時か絶対、二人でゆっくりできるのだと。
 信じていたから。

 なんて、酷い裏切り。

 馬鹿みたいにアンタに溺れてきた俺への、唯一の愛情が。
 あんな言葉なんて、冗談じゃない。
 「……冗談じゃねーんだよ。ロイ」

 そうやってあんたが俺を切り捨てようとしたところで、俺があんたを見限るなんて、日は。
 「永遠に来ないんだよ」
 読み終えた手紙を閉じ終える前。
 最後の署名、ロイ・マスタングの部分に唇を寄せてから、綺麗に畳んで胸ポケットに手紙
をしまい込む。
 俺は壁に引っ掛けたあったコートを羽織って、大佐が居るはずの場所へと向かった。

 人里外れた、簡素な一軒屋。
 ぱっと見は、シーズン時に使われる別荘といった風情。
 これならば、人が居ても居なくても、無駄な人目を引かなくてすむだろう。
 こういった手配をロイは何時だって、驚くほど上手くやってきた。
 俺は躊躇無く家に近付いて、カウベルを鳴らす。
 想像した通り反応はなかった。
 誰も見ていないのを承知で、ドアノブに簡単な錬成を施して。
 いかにも内部に居た人間が、開けましたよ。
 そんな風に細工をする。
 入った途端、鼻についたのは戦場でもこんな酷い臭いはしないだろう。
 血臭。
 血の臭いに誘われるようにして、本来ならばリビングであっただろう場所に、足を踏み入れ
た。
 広々とした板の間に、どこかで見たことのある錬成材料が一部残されていた。
 血で描かれた部屋いっぱいの練成陣の中。
 捜している男がいた。
 俺は未だ見た事が無い満ち足りた笑顔を浮かべたままに。
 溢れ落ちる涙で練成陣を汚さぬよう、袖先で涙を拭う。
 何が起こるかわからないので、錬成陣を消さぬよう固定の結界を張って後、陣の中に足を
踏み入れた。
                 



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