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 格好悪くて構わない


 まだ、士官学校の生徒であった頃。
 ヒューズと関係を持った事があった。
 私は初めてで、ヒューズも初めてだったせいもある。
 何より、お互いに性に対する寝惚けた夢があったのだと、しばらくしてわかったのだが。
 当時は純粋に傷付いて、以降SEXが全く駄目になった。
 立ち直りはヒューズの方が早くて、私にも長く謝罪を続けてくれていたのだが、私のトラウマ
は消えることがなかった。

 「大佐?」
 「やだっつ、もぉするなっつ!」
 最初はキスされるだけで、怖気がたった。
 上着の上から胸に触れられて、吐いた事もある。
 それでも、奴が好きで。
 どうしようもなく、好きで。
 奴が望むなら何でも叶えてやろうと思って、我慢してみた。
 けど、やはり身体は正直で、幾度か繰り返されたキスの後。
 無骨に見えて実に繊細な動きをするハボックの指先が、ブラウスのボタンに掛かった時点で、
吐き気が限界になった。
 「……今日も、駄目ですか」
 ふぅと深い溜息を溢すハボックの表情には、呆れた色合いと苛立ちがある。
 恋人同士という関係になって、半年。
 近しい人間には告白を終えて、了承済み。
 以前から仲自体は良かったので、それ以外の周囲は黙認中。
 上官と部下という関係でありながら、周りには恵まれている自覚もある。
 ハボックは、恋人に物凄く甘くて、何で彼がこれまで数多の女性に振られてきたのか、その
理由がわからなかったくらいだ。
 が、今はちょっとだけ思う。
 SEXが、強過ぎたんじゃないかなって。
 リザにこっそり相談すれば、ハボックに同情を寄せていたから、普通はある程度の年齢に
なったいい大人が、半年も付き合ってSEXもなしなんて、むしろおかしいのかもしれない
けれど。
 私は別に。
 奴と抱き合いたいとは思わなかった。
 しかし、ハボックはどうしても私としたいらしく、あの手この手を使って私をベッドに誘おうと
するのだ。
 その都度、私が意識して更には無意識の内に、ハボックの感情を逆撫でするような反
応を取るので、いい加減ハボックも腹が立ったらしい。
 「……大佐。俺等付き合ってもう、半年です。SEXが駄目ってーんなら、せめて理由ぐらい
  聞かせてくれませんかね」
 昔とはいえ、ヒューズとの関係を知られたくなかった。
 ただでさえこいつは、ヒューズを目の敵にしていたから。
 奴に抱かれたことがあるとか。
 初めては奴だったなんて告げたなら。
 ヒューズを刺しに行くか、私を切って捨てるか。
 あるいはその両方を実行するのではないのかと、心配で仕方なかったから、ずっと避けて
きた話題だったのだ。
 「それぐらい、いいでしょう?それともまだ、俺が信用できませんか」
 悲しそうに眉根を寄せられて、心臓が鷲掴みされたように軋んだ。
 今、ここで告白しなければ私に信用されなかったと思い込んだ奴は、ショックのあまり私の
元から去ってしまうかもしれない。
 「そんな事はない!」
 「じゃあ、教えてくれますね」
 青い目が更に深い青みを帯びて、私は告白を決意する。
 「……初めて、した。相手がな?」
 「ええ」
 「初めてなのに、感じ過ぎておかしい、と言ったんだ」
 「あ?」
 「何度か、して。淫乱じゃないか?と、言われた……それが私を興奮させる為の表現だっ
  たら、まだ傷は浅かったと思うんだが……奴は、本気でそう、言っていた」
 今でも思い出す、あの、汚い物を見る目。
 ヒューズの母親が性に汚い人で、深いトラウマがあっての言葉だったのだと、今では
理解できる。
 できるが、心の底から好きだった相手に抱かれて、気持ち良いと思う事こそが淫乱だと
断定された私の傷は、その後のヒューズの優しい言葉も届かないほどに深かった。
 「ナニそれ。そいつ、馬鹿じゃん」
 「……今でも大切な相手だ。どうか悪く言わないでくれ」
 「……中佐ですか。アンタの初めてを奪った相手は」
 「奪ってなんかない!私が、したいと思ったんだ」
 好きな相手には、身体を明け渡すのが一番の愛情表現だと、幼い感覚で信じていたのだ。
 本当は、心を委ねる方がずっと先だったにも関わらず。
 「やっぱり、潰しましょうね?そうすればきっと、アンタのトラウマも根こそぎ消えますよ」
 乱れた私の髪の毛を丁寧に梳いた奴は、すくっと立ち上がる。
 「はぼ?」
 「行って来ます。大丈夫ですよ。相手は奴だけで。奥さんや子供の手の届かない所で、
  決して自分に罪が及ばないように、上手くしますから」
 ハボックは軍の犬となってから私の下に来るまでは、軍の上層部の一部しか存在を知ら
ない、特殊部隊に所属していた。
 今は諜報部一のやり手と言われるヒューズだが、ハボックの暗殺技術の前ではなす術もな
いだろう。
 それほどに、本気のハボックは凄まじい。
 「駄目だっつ!そんなことをしても。私の傷は治らない」
 「……そんなに、ちゅーさが大事なの?」
 「違う!私はお前が大事なんだ!お前が一番大切なんだ!」
 だからこそ、今までこのトラウマを告げられなかったのだ。
 何よりお前を傷付けたくなくて。 

 「お前がどんなに上手くヒューズを殺しても。お前の中にしこりは残らなくとも。私は気にする
  だろう」
 「……でしょうね」
 「気に病んだ私を見て、お前は悲しむよな?」
 「……でしょうね」
 「それでもお前は一緒に居てくれると、信じてはいる。でも、あんまりにも私が、逝ってしまった
  ヒューズを思う、なら」
 私は、ここで大きく息を吸い込んだ。
 告げる言葉が真実になってしまいそうで怖かった。
 けれど。
 これを言わないとハボックはきっと。
 悲しい誤解をしたままになってしまうから。
 それだけは、嫌だから。
 「お前が、私を捨てるかもしれない……それが、何より怖い」
 「……それが、アンタの本当?」
 「うん」

                        


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