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 「ちょっと、という面じゃないだろう。少し抜けとけ」
 「でも……」
 「いいから、今は抜け」
 「……はぁい」
 気がそれただけなので、まだ洒落にもならない状態のナニを抜き取った。
 抜ける途中の締め付けが、これまた絶妙で。
 思わず再び入りかけたが、大佐の言葉は絶対だ。
 俺は下肢を見ながら深い溜息をつく。
 「で、どうした」
 濡れた黒い目が、真っ直ぐに俺を見詰めてくる。
 自分と俺を信じて疑わない純粋さを見た、それだけで。
 別に今のままでもいいのか、と思える自分に苦笑。
 「いえねー。大した事じゃないんですけど」
 「ああ」
 幾度となく繰り返してきた問いと、その答え。
 鬱陶しい男だ、とか思われているんだろうなーって、反省はするけど、考える事を止められな
いのは、子供じみた独占欲と深い愛情所以。
 「キスマーク」
 「……これか。全く跡は付けるなと何時も口を酸っぱくして言ってはいるのだが……どうやら、
  それを私が恥ずかしがっているだけなのだと勘違いしているらしくてな…」
 大佐は深い溜め息と共に、首を振った。
 胸の上に頭を預けてくれているので、大佐のやわらかな髪の毛が動く度に、こしょこしょと顎
から胸の辺りがこそばゆい。
 「つけるんだ。こんなに山のように」
 「え?じゃあ。これ一人だけですか」
 「そうだ。一人が、こんなに、うんざりする程、つけやがったんだ」
 親しい人間の前でだけ使われる、独特の砕けた言葉遣い。
 この人が使えば、可愛らしいだけなので、本当。
 仲間内だけにしておいて欲しいと思う。
 「基本的に跡が残っている内は、他の人間を相手にできないから……やめさせたいんだ。
  やっぱり他の男がつけた跡が残る相手を抱くと、不快になる人間が多いものだしな」
 「あの?」
 「ん?」
 「俺も……嬉しくないですよ」
 「わかっているさ」
 大佐の瞳が宥める優しさを含んで、俺を捕らえる。
 曇りなく、透き通る黒。
 俺は黒って色が、透き通って見えるのを。
 この人で初めて知った。
 「だが、そんなの関係なく私がお前を欲しいんだ。だから、する」
 思わず、きゅうっと抱き締めてしまった。
 勿論、嬉しくて、愛しくて。
 「悪いな。お前に嫌な思いをさせているのは重々承知している。だが、私はお前を欲しがる
  のを止めないし、自分の身体を使うのも止めるつもりはない」
 「……アンタの野望も、俺への想いもわかってはいるつもりです」
 自分の身体を昇進の道具にする人ではあるけれど、決して。
 そうとしむけるだけで、自分から。
 己の身体を差し出すわけではないのだ。
 君が欲しい、と。
 必ず相手に言わせる。
  
 私が自分から、求めるのは、お前だけだ。
 はぼ。

 と。
 俺が不安に陥る度に飽きもせず囁いてくれる。
 「うん。だから甘えてる。そんなに長い時間ではないから、もう少しだけ甘えさせろ」
 「……努力します」
 この歳で大佐だ。
 先日、内々ではあるが准将への昇進の打診もあった。
 異様な速度での昇進であることには違いない。
 「望む地位まで到達したら、後は、お前が嫌だと言っても、私の身体はお前だけのものだ」
 「心は?」
 「馬鹿!それは今でもお前だけのものだ」
 「ういっす」
 照れ隠しに頬の肉を両側に引かれて、へへへと、笑う。
 「今日は、いい子いい子してやるから、大人しく寝ろ」
 「えー」
 「次にする時は、キスマークなんざ一つもない身体をくれてやるさ」
 「……本当に?」
 「そーういう嘘を、私はつかないぞ」
 「……そういう、嘘は、ね」
 基本的に嘘を付くのが上手な大佐。
 それが、俺の為だと思っても寂しい時はある。
 「ほら、抱っこ」
 「あい」
 頭を叩かれて、体勢を入れ替えた。
 大佐の胸に自分の身体を預ける体勢だ。
 俺はこれをされると、自分でもびっくりするくらい呆気なく寝入ってしまう。
 特に、この人の。
 欠片も興奮していない穏やかな鼓動を聞くと、瞬間で満たされる。
 「はぼ?」
 「あい?」
 「お前は、私のような真似はするなよ」
 「へ?」
 「……こういう風に身体を使うな、と言ってる」
 「当たり前じゃないですか!大佐の命令でもゴメンですよ」
 「そうか。そうだよな。変な事を言ったな」
 自分の身体を使うのは厭わない癖に、部下にそういう命令はできない。
 稀有な上官だ。
 上官に煙たがれる気質の俺は、大佐の所に来るまで、真面目に尻守るの必死だったんだ
ぜ?
 や、俺みてーなタイプに犯られてーってー輩もいたけど、それ以上に犯りてーった奴等が
多かったんだよね。
 ま。
 大佐の下に入ってからは格段に減った。
 中尉と同じレベルで大佐が俺を、溺愛してくれてっから。
 何より、大佐が大事にしている俺等に手を出して、大佐を泣かせるような真似だけは、
避けたい……ってな?
 「……不安になる必要はどこにもないぞ……不満に関しては、その都度言いなさい」
 「あい」
 「じゃあ、今度こそ。おやすみ」
 「おやすみなさい」
 全身の力を抜いて、大佐の胸に身体を預ける。
 重いだろうに大佐は、優しく俺の体を抱えて、肩の上まで毛布を引き上げた。
 とくんとくんと穏やかに繰り返される心音を聞いているなぁと、自覚するまでもなく俺は、
安楽な眠りに滑り込んでいった。




                                                      END




 *あっさりと終わってしまった。
  最近ロイたんが、ハボを抱えて眠るのがマイブームとなっています。
  これの、ロイ視点で長編が書きたいですね。
  誰に抱かれている時でも、頭の中は、ハボでいっぱいな話。
     
                               2008/09/15




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