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 残業の特典


 「だー!もーやってられるかってんだっつ」
 この三時間で吸い切った煙草はざっと三箱。
 一時間で一箱なんて、幾らヘビーなスモーカーの俺だって吸い過ぎだ。
 「な!いきなりナンだね、ハボック」
 机の上に顎を乗せて、へにょーんととか言いながら鼻の下に万年筆を載せている姿は、
巷で『きゃーマスタング大佐格好良いー!』なんて黄色い声援を上げている姉ちゃん達に見
せたら一気にアレだ。
 百年の恋も冷めるって奴だ。
 「いきなりでも、ナンでもないっスよ!」
 がたっと立ち上がれば、勢いもよく椅子が壁にぶち当たる。
 その音と俺の態度に驚いたのだろう大佐が、びくびくっと身体を震わせて怯えた。
 ……涙目なのは、ちょっと可愛い。
 「だいたいねー。俺がアンタが残した書類の山を、次から次へと片付けているのに、なん
  です、アンタはっつ!」
 がつがつがつと、わざとらしく大きな足音を立てて、大佐の机に近づいてゆく。
 大佐は逃げようとしてタイミングを失い、椅子の上に膝を抱えて座り込んだ。
 ……ああ、怯えた上目遣いも、しみじみ可愛い。
 「先刻から、ぼけぼけしてばっかりで、ちっつとも進んでないじゃないです!」
 「…少しは、進んだんだぞ?」
 「何枚デス?」
 「……三…や、五枚!」
 「俺は五十枚はやってますよ!桁が違うじゃありませんか、桁がっつ!」
 どんっつと机を叩けば、机の上の書類は勿論。
 何故か椅子の上で振動が届かないはずの、大佐の身体までが飛び上がった。
 「この調子じゃ、明日になっても書類の山に囲まれてるコトになりますよ。中尉に撃ち殺され
  たいんですか」
 「殺されたくは無い、さ。でも、やる気がでないんだから、仕方ない」
 ぷくっと頬を膨らませて拗ねてみせる29歳。
 可愛いとしか思えない俺は、きっともう人生終わってる。
 「あーね?大佐。仕方ないっしょ。エリシアちゃんとグレイシアさんが一緒に倒れたら、あの
  親ばか妻馬鹿男が自宅に帰るのは」
 「…わかってるさ。わかっているけど……久しぶりだったんだ」
 自分の感情をもて余す風に、手元にあった書類をぐしゃっと握り潰して大きく息を吐き出す。
 「久しぶりに、会えるはずだったんだ」
 涙を懸命に堪えているんだろう、瞼がふるふると震えている。

 この人は、本当にヒューズ中佐が大好きなのだ。
 でもって、ヒューズ中佐も大佐が大好き。
 
 本来なら二人で心置きなくラブってたいとこなんだろうけど、世間様の目も軍部の上層部
にも許される関係じゃなかった。
 二人とも若手の中じゃトップクラスの出世頭だ。
 大佐の野望の為。
 中佐が結婚を決めたってーのは、二人の中を知る人間ならば皆知ってる。
 中佐は、妻も大佐も愛し抜けるタイプだったけど、大佐は、そうでなかったから。
 苦渋の決断をした。
 とはいえ。
 二人の関係が壊れるなんて事もなく、ただ間遠になっただけで。
 夫人と娘さんにばれない様に、鮮やかな程に綺麗に覆い隠されて続いていた。
 そんなラヴな二人の中に、俺が入っていけたのは、まー運が良かったんだろうな。
 後は、大佐の体質ってーか性質。
 寂しがり屋なんだよね、本人絶対に認めないけど。
 
 「不肖、アンタの忠犬がお慰めしますよ?」
 中佐が隣にいない夜に、ベッドを共にする相手を欲していた。
 捨てられた子猫のような、真っ黒く濡れた瞳をよく、覚えている。
 真っ向から告白したって拒否されるのは、目に見えていたから、俺は中佐に交渉を持ちかけ
たのだ。
 さすがに嫌な顔をされたが、結果的には俺と大佐の橋渡しをしてくれた。
 他の誰に犯されるよりも俺がマシだろうと判断して。
 むしろ、薦める風でもあった。
 きっと、俺が大佐を致命的に傷つけられないところと、恐らくは色々な意味で中佐を凌駕する
ことなんてないって。
 安心されたんだと思う。
 本当に犬らしい扱いで、情けないことこの上もないのだが。
 それでも良かった。
 大佐を抱けるならそれで。
 中佐のいない時だけの代打だとしても。
 一緒にいられる時間は、中佐よりずうっと多かったから。
 「お前では、無理だよ。ハボック……何時も私はお前に抱かれるつもりで、お前に犯されてい
  る。だが、今私が欲しいのはヒューズだ。お前ではないから…満足できない」
 気長に待っていれば、俺を優先してくれる時もあるだろうと、常にチャンスを伺っている。
 待たされるのなんか、慣れっこザルだ。
 でも、時折。
 「そりゃないでしょ、大佐」
 そんな風に思う時があった。
 「満足できないのは、心。俺もそこまでは求めちゃいません。でも、アンタ。身体は俺でも満足
  するでしょう?」
 何もかもを否定されると、さすがに。
 愛しているから、大事だから、譲れないモンがある。
 例え本人を相手取ってさえも。
 「……できない」
 言い切りましたね?
 「ふーん。そうですか。んじゃあ仕方ないっすね」
 「何がだ」
 「…俺、その気になっちまったんですよ。アンタが相手してくれないのなら、女でも買いに
  行ってきますわ。久しぶりにぱよよんなボインちゃんでも犯してきます」
 大佐以外の相手じゃ、楽しくも嬉しくもないが勃起しないわけじゃない。性欲が処理できれ
ばいいので相手は選ばないですむし。
 ただ突っ込んで前後運動だけでも、玄人ねーちゃんが喜ぶナニだ。
 仕事抜きで望まれて、欲しがられるのは悪い気分じゃない。
 「は?何を馬鹿なこと言ってるんだ?お前は私の仕事が終わるまで一緒に残業だ」
 「だーかーら!それがもう限界だって、言ってるんすよ!」
 吸っていた煙草を灰皿にぎゅっと、押し付けて火を消す。
 「アンタは中佐のことばっかり気にして、仕事にならない。俺ばかりが真面目にやって。しか
  も褒美もなしなんて。やってられないんスよ!」
 「…食事…」
 「んなもんじゃ誤魔化されないです。酒が付いてもダメ。アンタにこき使われた等価になる
  モンは、SEXだけ!」
 さぁ、どうするよ?ここまで言って乗ってこないのなら、本気で帰ってもいい。
 この身体じゃ、どの道仕事には集中できない。




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