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 電話越しの距離


 士官学校は、基本的に一部屋二人が原則。
 どちらかと言えば、一人の方が気楽な性質だと自覚していた俺だったが。
 実は自分を大切にしてくれる人間が側に居てくれる方が、色々と安定するのだと、思い知ら
された。
 たぶんきっと、きっかけとなった相手がマース・ヒューズだったから、素直に認められるんだ
と、しぶしぶ思っている。

 「マスタングー?」
 ココンと、ノックの音。
 俺は溜息をつきながら、本を閉じ、ベッドから起き上がってドアに向かう。
 「何だ?」
 かちゃりとドアを開ければ、自分はどんな顔をしていたのだろう。
 「……そんなに怒るなってば、マスタング」
 「怒ってないぞ」
 「じゃあ、不機嫌な顔をするなってば。俺が悪いんじゃないってわかっていても、苛めてるみ
  たいで気分が良くない」
 確かに俺が今、不機嫌この上もない顔をしているのだとしたら、彼のせいではない。
 完全な八つ当たりだ。
 「すまないな」
 「や!そんなにしょんぼりしなくってもいいってば!それはそれで、俺が苛めてるみたいだし。
  お前にそんな顔をさせたなんてバレた日には、俺がマースに殺される」
 何だ、それは。
 「俺はさぁ?こんなに頻繁に電話をかけてきちまう、マースの気持ちがよくわかるよ」
 男の手がひょいっと伸びてきて、俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 小さな子供が駄々を捏ねている時、あやす仕草によく似ている。
 「単純にさぁ。マスタングを一人にして置くのが心配なんだと思うぜ」
 「……俺は赤ちゃんか?」
 「んーどっちかっていうと、溺愛している愛娘って感じじゃねぇかな」
 俺が、ヒューズの娘、じゃなかった。
 息子だって?
 冗談じゃない。
 あんな口煩い男が父親なんて御免だ。
 まぁ。
 子供には鬱陶しいが、大人になって俺の父親は本当、出来た父親だったよなぁ、なんて思
えるのは、ヒューズみたいな男だとは思うが。
 ん?
 これじゃあ、俺がヒューズを父親として認めているみたいじゃないか!
 ああ、それこそ冗談じゃない。
 「くっくっつ」
 「ナニがおかしい?」
 「や?もー可愛いなぁって思っただけだよ。ヒューズが口を酸っぱくして俺以外の人間をお前
  に近づけるなって言った意味がよくわかる」
 「何だ、それは」
 「自覚がないのがコマリモノ。マスタング。お前はな。ある種のマニアにすんごく受ける性質
  を してるんだよ」
 「……わかってるさ」
 子供の頃から、周りが『ちょっと変わっている』という相手にばかり好かれる困った性質。
 だからとて、俺も一緒に変わっていると、指摘される事は少なかったけれど。
 あまりいい気分はしない。
 「そっか?わかってても、そういう反応を取るんなら、自業自得って言われるぞ?」
 「……わかっていても、反射に近い反応を制御出来るほど、まだ大人にはなりきれていなく
  てな?」
 「あーそれもそっか。俺も大概頭が回らんなぁ。まー何だ。マース程じゃないが。俺もお前さ
  んが心配なんだって知っててくれよ?善意から何でも言っていいわけじゃねーけど。マス
  タングを傷つけたくないってのは、真実だから」
 「……お前、マースと似てるって言われないか?」 
 ヒューズが、親友と呼ぶのは私よりむしろこいつなんじゃないかと思う。
 や、それよりも分身とか、半身とかいった表現の方がしっくりするか。
 一緒にいる時は、似ているなんて感じさせない。
 風貌も、考え方も、表現の仕方だって似た所はない。
 が、お互い一人一人として冷静に見詰めると、恐ろしく似た部分があった。
 「マスタングに関しての感じ方と接し方は、ある一点を除いて良く似てる自覚があるぜ」
 ある一点に思い至って、かっと頭に血が上る。
 そうか。
 こいつは、知っているんだ。
 「それ以外は、真逆に近い。だからこそ。自分がいない時のマスタングの護衛に俺を選ぶの
  さ……さ、いい加減マースが待ちくたびれているぞ。早くいってやれよ」
 「ああ、そうだな。何時もすまないな……ありがとう」
 「どういたしまして」
 からっと笑って、掌をひらひらさせながら見送ってくれる奴の気配を背中で感じながら、俺は
電話が設置されている玄関口へと走った。
 
 玄関口へ回れば、外にある電話の受話器が部屋の中へ引き込まれている。
 窓から中を覗けば警備員さんが、ちょいちょいと手招きをしてくれた。
 「入れ入れ!外は寒いぞ……ほら、落ち着けや。マース坊。お待ちかねのコイビトが現われ
  たから」
 すっかり顔馴染みの警備員さんが、マースの相手をしてくれていたらしい。
 今度、夜酒の差し入れでもしなければいけないな。

 しかし、あれだ。
 恋人っていうのは、ちょっとどうなのかと思う。
 傍から見れば、そう、見えてしまうのだろうか。
 実際、今のマースとの関係を表現するには一番近い言葉であって。
 やっぱり同性愛なんて世間的には認められるものではないから心配だ。
 恐らく冗談で言っているのだろうが、もし。
 この人の良い警備員さんが、私とマースの関係を知ったら、見る目を変えるのだろう。
 隔絶された士官学校の中で、そういった関係にあるのがバレた場合。
 やはり敬遠されるケースは多いのだ。
 幾つも、見てきた。
 マースが上手く立ち回っているせいもあって、私達を仲の良い親友意外のモノとして見る人
間は少ないし。
 もし、知ってしまったり勘付いていたとしても、マースを敵に回したくはないから、表立って態
度は変えないに決まってはいたとしても。
 「おーい。ロイ君どうした?マース坊やが、こっちに聞こえるほど、騒いでるぞ!」
 「え?……あ!はい。すみません。大丈夫です」
 はっと、我に返れば電話の向こうから『ロイにゃーんどうしたんだよぅー。ロイにゃーん』と
私が否定しないのをいい事に、とんでもない呼び方をするマースの声が聞こえた。
 大きく息を吸い込んで。
 「ロイにゃんはよせと言っているだろうが!馬鹿ものがっつ!」
 『ああ、やっと返事してくれた!んもう、どうしたんかと思ったじゃんあさぁ』
 マース拗ねちゃう!などと言われて、電話の向こうで地団駄を踏む奴が想像できる辺り俺
も駄目だ。
 「じゃ、俺は見回りの時間だから。気にしないでゆっくり話をしておきな」
 俺とマースのやり取りに声を立てて笑った警備員さんは、上着を着ると寒さ寒っ!と肩を竦
めながら出て行ってしまった。




                        
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