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 悲しい唄を歌う


 最初は、夢の続きなのかと思った。

 虐殺という名前こそが相応しい、イシュヴァールの戦いにおいて。
 国家錬金術師の投入を決めた、上層部ですら舌を捲く、ロイの働き度合い。
 けれど、味方すら震え上がらせる、残虐としか見えないのだろう戦火の数々に怯えて、妄信
的にロイに付き従う部下の数は少なく。
 ましてや同じテントの中、その隣に眠って魘されるロイを揺り起こす役目を買って出る人間
なんて、俺しかおりもせず。
 毎夜、静か過ぎる寝息を聞きながら、見守る日々を送っていた。

 そんな、ある夜。
 「……ロイ?」
 すっと何かが聞こえた気がして飛び起きた。
 またロイが魘されたんだろうと、そう思って。
 手の届く所に強いた蒲団の上、ロイの姿はなく。
 「どこだ?ロイ」
 暗がりに目を凝らして見ても、テントの中にその姿は伺えない。
 代わりにと耳を澄ませば、やはり何かが聞こえる。
 小さな音だ。

 テントの外だろうか?

 コートを羽織って、白く吐き出される息で手を温めながら一歩を踏み出す。
 雪が降りそうに淀んだ空は、真闇をもたらさず。
 どこか仄明るい。
 けれど、耳が切れるような静けさを伴って地を照らしている。
 音を頼りに足を進めれば、足元で、さくさくさくと霜柱が壊れる感触が分厚いブーツの下、微
かにあった。
 「……!」
 ロイの姿は、とんでもない所にあった。
 まだ、処理がつかない味方兵士の山と詰まれた死体置き場で。
 何か、蒼白い、幾つモノ小さな球体に囲まれて。
 小さな声で、歌っていた。
 『いつ……すくい……虐げら、れて……を。救わせ……たまえ…や』
 ふよふよ浮いている球体は、それぞれに穏やかな光を放ち、まるでロイの歌に呼応するよう
に、輝きを強めたり弱めたりしている。
 ロイの唄う意味がわかっているかのようで、何とも不思議な光景だった。
 しばし、見惚れていたのだが。
 ふと気がつけば、ロイの奴コートを羽織っていない。
 どこからか吹いてくる風に、その身体を弄らせるようにして。
 ボタンを外した上着の裾をはためかせている。
 あんまりにも寒すぎる格好だ。
 「お前なんて格好してるんだ、ロイ!」
 叫びながら、足を踏み出した途端。
 球体が凄まじい勢いで、俺の身体に纏わりついた。
 膝が砕けそうな疲労感に、襲われて。
 俺は額に手をやって、ゆるく、首を振った。
 「やめろ!それは私のたった一人の親友だから!……殺すなっつ!」
 大慌てで、やってきて俺の身体をひしと抱き締めるロイの気迫に負けたように。
 俺の体から、球体が離れてゆく。
 「ヒューズ?大丈夫か?呼吸は普通にできるか?どこも、痛くはないか……マース!しっか
  りしろ」
 「え!うん。ああ、大丈夫だ。膝が砕けそうに力が抜けかけたけど。お前に抱き締められたら、
  治った」
 「そうか……それならば、良かった」
 ほうっと肩で息をしたロイの身体は震えていた。
 寒さではなく。
 俺を心の底から心配して。
  
 「いいか、お前達。こいつは私を心配してここまで来てくれたんだ。こんな真夜中。戦闘と私
  のおもりで疲れきっているのに、だ。私が、お前達を心配するのと、どこが違う?お前達、
  私がいなくなったら、どれほど寂しくて、悲しい?」
 震える唇で俺の額にキスをくれたロイは、言葉の内容からして、どうやら周りを漂っている光
の珠に話し掛けているようだ。
 そんなモノが、人語を解するとは思わない。
 まさか、狂ったのだろうか、と。
 慌てて度重なる戦闘ですっかりやせ細ってしまった身体を、自分の腕の中に抱え込んだ。
 光の珠に、タガーでダメージを与えられるとは思わないけど、やらない訳にもいくまい?
 じりじりと指先に力を込め始めた所。
 また、自分の意志ではどうにもならないほどの、脱力感に襲われた。
 指先から握っていたタガーが滑り落ちる。
 こつんと、タガーが落ちる音に反応したロイは。
 俺の両頬を包み込んで、穏やかに笑った。
 ココの所見たこと無い、静かな微笑みに、俺の背中は怖気だったけれども。
 「違うんだ、ヒューズ。彼らは敵じゃない。嘗て敵だった者もあるが。今は私達に優しい存在だ」
 味方、とはいわないロイの額に唇を寄せる。

 あれ?温かい……。

 こんな寒空に薄着で一分でもいたのならば、冷え切ってしまうはずの額が温かい。
 「私の身体は、あたたかいだろう?それもみな、彼らのおかげなのさ」
 ロイがすっと手を差し出せば、手の甲の上、小さな光球が乗ってきた。
 例えば手の甲の上、蝶が止まる。
 そんな繊細な軽やかさで。
 手に乗った小鳥をあやす風に、そっと腕を引き寄せれば、光球も大人しくついてくる。
 お互いの頬の近くまで寄せられて、頬に、近づけられて。
 光がぬくもりを持っているのを知る。
 優しい、ぬくもりだ。
 「彼らは、人の魂は……私の身体を温めてくれるのだよ?鎮魂歌を謳う私の為にね」
 「人魂?」
 墓場に浮かぶ仄蒼白い光。
 それは土葬された死体から発されるガスや燐が集まって、偶然にも光の球に似た形状を成す
という、アレか?
 「私は錬金術師だ。だから人の魂の在処を信じるし、この光を構成している物質も知っている」
 「じゃあ、何故?」
 「人工生命体に生命を与えることを生涯の目標とする錬金術師は数多いる。私は専門外だが
  彼らの研究もわからないではない……だからこそ、この光の球に人の魂が宿っていると信じ
  て疑わないのさ」
 「……錬金術師の思考はわからんよ」
 ただ、頬の近くにある穏やかなぬくもりから敵意は欠片も感じない。
 ロイの言わんとしている事を理解しせずとも、現実を受け入れられる度量はあるつもりだ。
 「一介の軍人はわからんさ?ヒューズ。別にわかる必要もないし、な」
 ロイが俺の体の中で身じろぎをする、寒いのかと思ったら、抱擁から逃れたがっているようだ。
 「ロイ?」
 「続きを。最後まで謳ってやらんとな」
 まるで、手の甲に乗った光球に誘われるように、ロイはすっくと立ち上がった。




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