『ぐ、がんがんがん、げおわん』
物凄い騒音がして、思わず一瞬だけイヤホンを抜き取った。
余韻でまだ耳がキーンと聞こえない状態になっている。
「まいったね、こりゃ」
大きく深呼吸して、こめかみを掌で叩く。
もう一度イヤホンを耳に差し込むと、それまで聞こえていた雑音が全く聞こえなくなっている。
壊れたかな?と思って待つ事、数秒。
微かに、何かが、聞こえた。
『…て……る…』
低い、低い。
地の底から響く声。
『……や、る……』
はっきりとは聞こえないが、それは呪詛のように陰惨な色を孕んでいた。
全てを壊してしまいたい狂気の人間が、発する獣の絶叫にも似て。
突然聞こえた。
『あ、あああああああああああっつ!!』
人の悲鳴というには、余りに原始的な魂の叫び。
『みんなっつ!ぜんぶっつ!なにもかもっつ!いっさいがっさいっつ!』
大きく息が吸い込まれる。
一転、とても落ち着いた声で。
「殺してやる」
俺は、今度こそイヤホンを地面に叩きつけて、大きく首を振った。
それは、俺が良く知っている人間の。
男の声だったのだ。
震える唇に手をあてて、深呼吸を繰り返す。
ここで俺までもがあてられるわけにはいかないのだ。
真緑の草を見詰めて、神経を研ぎ澄ます。
遠くではない、凄く近くでもない距離で。
静かな足音が聞こえた。
ロイ、の足音だろうか。
俺は、そっと足音が聞こえる方に移動する。
程なく、俺は足音の正体を知った。
すたすたすたすたと、歩いてくる。
右上、左上、右下、左下。
腰辺り、膝辺り。
くるりと回って背後の、中空。
不意に腰を落として、地を這うように低位置で。
滑らせ、躍らせ、いかにも自由自在に。
小さな火花が散っていた。
ロイ、だと思う。
ロイ、なのだろうか?
例えどんな姿になっても、俺はロイを見間違えない自信があった。
どんなロイも見てきた自負があったし、それだけ近くにいたのは俺だって自信もあった。
のに。
俺はロイが、わからなかった。
正確には、アレが、ロイだと。
思いたくなかった。
小さな火花が散った後は、だいたい二呼吸ほど置いて、何十倍何百倍もの火の花が咲いて
いた。
轟音に紛れるようにして、必ず聞こえる断末魔。
人のそれも、獣のそれも、あったように思う。
凄まじい音の洪水に耳がいかれかけているのか、イマヒトツ確信が持てなかったが。
炎が、人も、獣も、植物でさえも。
生あるもの全てを焼き殺しているは、理解できた。
「ろ、い!」
俺は、そんな姿を見て、堪らずに奴の真正面に躍り出た。
反射的に、私を焼き殺そうとして発火布を擦る奴の目。
濁った白目には、血管が走って赤く。
絶望を孕んだ闇の色は深く。
動く物全てを、焼き殺そうと誓った苛烈な意志を孕んだままに。
何も、俺も、映さない空虚だけを湛えて。
火花を避け切れたのは、僥倖だ。
「おまっつ、俺がわかんないのかよっつ!」
必死に叫んでも、後ろから追って来る爆音に掻き消される。
二度目の殺意が放たれる。
今度は髪の毛が焦げた。
「こんちくしょっつ!」
どうしたら、正気に返るのか。
俺を、見てくれるのか。
迷って、考えて、散々悩んだ挙句に、俺はタガーを放った。
ロイが俺に向けてきたのと変わらない殺気を込めて。
心臓と眉間と腹部の中央目掛けて、普通の人間ならば避けきれない。
三投同時に。
俺の手から放たれたタガーは間違いなく、急所に届くはずだった。
そして、俺はそのタガーをロイが瞬時に焼き尽くすと、信じてもいた。
だが。
心臓と腹部を狙ったタガーは、ロイの身体数十センチ前で消え失せた。
跡形もなく焼き尽くされたのだと、知る。
残った一本。
焼殺されるはずだった、一本は、ロイの眉間を掠めて。
細い、血のラインを描いた。
「……ひゅー?………ヒュー、ズ?」
ずっと一緒にいた。
出会ってから、離れて過ごした時間の方が少ない。
飯も食った、睡眠も貪った、授業も受けたし、戦場も経験した。
何もかも一緒にやってきたのだ。
そんな、中で。
訓練も一緒にした。
ロイは、俺のタガーが唸る、その微かな音を聞いて、正気に返ったのだ。
タガーが己に向けられたのだと、わかったかどうかは微妙。
ただ、空を切る音で。
俺が、タガーを打てる距離にいるのだと、認識した。
「ど、して?なんで?私…わたしは…」
ロイは震える己の手を見詰めた。
発火布に包まれた、両の掌を。
「ずっと……お前と離れてから、ずっと言ってたよ」
一歩ロイが下がって、二歩俺が距離を縮める。
「ロイ…」
「死ね死ね死ね死ね!皆、全て、一切合財を、殺して、やるって」
涙を流しながら首を振り続けるロイに、俺は指を伸ばす。
後、少しで届く。
「ロイ!」
「お前も、殺してやるって?死ねって?お前を!俺がっつ!」
絶叫が、放たれた瞬間。
指が届いた。
大急ぎで、きつく抱き締める。
骨が、みしっと軋んだ。
「いいから!大丈夫だから!俺はっつ生きているからっつ!」
「でも!」
「黙って俺を感じとけ!生けてるから!いいんだよっつ」
泣き顔を見ないように、胸の中に抱え込む。
こうすれば、俺の心臓の音が聞こえるだろう?
俺は生きているだろう?
だから、お前も生きろ。
狂うな、絶対。
そして、死ぬな。
頼むから。
END
*ロイの日記念第二弾完結。
ここまで強いヒューたんはどうなんだろう?
ロイを一瞬、化け物だと思ってしまうヒューたんを書くかどうか迷った挙句に、
あくまでもロイを一個の人間として認識ヒューたんにして見ました。
おっとこ前だなーヒュたん。