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 昔語り

 
  中央司令部から東方司令部までは、列車で半日の結構な距離があった。
 無理矢理仕事を作って、月に数回は赴くようにしているが、仕事絡みだとどうしたって、二人き
りの時間は取りにくい。
 だから数ヶ月に一度は、丸々一日。
 ロイの時間を独占できるように画策する。
 殺戮的と言われるロイのスケジュールではあったが、ロイが俺と会うと精神的に安定するって、
昔から良く知るリザちゃんが、いい感じに調整を図ってくれた。
 一週間前ぐらいには、ロイの休みがそっと流れてくる。
 その時点で、だいたい俺はロイの休みの予定を強引に立ててしまうのだ。
 口では、何のかんのと言うロイだが、一度だって俺の予定を無にした事はなかった。

 「……しっかし遅っせぇなぁ」
 時計の針を見詰めれば既に夜も10時を回っている。
  一応パブでの待ち合わせは、定時上がりから移動の時間等を考えて6時に設定してあった
んだけれども。
 全く、一人で4時間も待っちゃう俺ったら、ロイさんにらぶらぶです事よ。
 まー仕事絡みで遅くなってるんだろうから、仕方ない。
 俺とて一応社会人、駄々は捏ねたいし、捏ねちゃったりもするが、間抜けた無理じいはしな
いつもり。
 時に家族を優先せざる得ない場合もある俺は、せめて仕事関係でぐらい鷹揚に行きたいも
のだ。
 一人で食事をするのも味気ないと思ったが、空きっ腹に酒ばかりを流し込めば胃がいかれ
るし、酔いも早いと思って、野菜たっぷりハンバーガーだけを食べておいた。
 これならロイがやってきて、多少の食事にも付き合えるし、酒を飲んでいても酔っ払わない
ので、いい感じなのだ。
 「んーと。今度は何にしようかなー」
 ウイスキーのロックもそろそろ飽きてきた。
 手近に置いてある、古ぼけたメニューカ−ドをざっと眺めて飲みたいのがないのに、嘆息す
る。
 メニューにない酒の種類も充実しているので、頭の中。
 自分好みの酒をセレクトしかける。
 「ますたー。バーボンのロック……」
 「は、後にして。二人分のビール淹れて貰えますか」
 背中越し、肩を叩かれるのと同時に声がかけられた。
 「遅くなってすまなかったな、マース」
 目の縁に疲れが滲み出ている。
 きっと、帰ろうとする間際。
 やっかいな事件でも飛び込んできたのだろう。
 「ん、にゃ。気にするなよ。マスター。ケストリッツァー シュヴァルツビアにして貰っていいか
  なぁ」
 はい、とばかりに無言で頷くマスター。
 愛想もなく無口なのだが、サービスは悪くない。
 何よりこのマスター。
 俺達が軍人の高官だってーのを知っても尚、態度を欠片も変えない。
 どころか時折、ありがたくない組織が同席している時は、そっと耳打ちしてくれる。
 軍人の密談を高く売りたがるマスターが多い中、稀有な存在なのだ。
 よくよく冷やされたビールグラスと濃厚な黒ビール。
 そっと置かれたつまみの枝豆と野菜スティック。
 別にことりとレーズンが盛られた小皿が置かれるのは、甘い物好きのロイの為。
 ちなみに、枝豆とは最近流行のビールのつまみだったりもする極東の国からの輸入物。
 小さな緑色の豆は目に鮮やかで、何よりもビールにぴったりと合うのだ。
 「ほいよ。お疲れ様でした」
 「お前こそ、遠路遥々、お疲れな」
 キーンというガラスのぶつかる耳に心地良い音を堪能しながら、ビールを一気に半分まで
空ける。
 散々飲んでいるはずなのに、最初の一杯と同じくらいに新鮮で美味なのは、隣にロイが
座ったからだろう。


 「ぷはー旨いな!」
 「ああ、美味だな」
 「ロイさん!」
 「何だ?」
 俺が半分を空にしている所を、綺麗に一杯開けてしまったのに驚けば、ロイは卒なくお代わり
の注文なぞをしている。
 「……お前何か食べてるのかよ?」
 「……朝飯は食べたかな。ベーグルサンド」
 「チーズクリームと生ハムの?」
 「そう、ハボックが作ってくれる奴」
 「ってーと。朝飯件昼飯って奴だな?」
 朝飯を食べるくらいならギリギリまで寝ている困った性質のロイを心配する側近連中が、
ロイ・マスタングお食事係なるものを作って久しい。
 中でもロイの犬と呼ばれるハボック少尉は、料理を作るのが得意で更にはマメな性分も
あってよく勤めている。
 「だな。本当はヘーゼルナッツの練り込まれたベーグルとか、野菜たっぷりベーグルなんか
  もあったんだけど……飛び込みテロがあって食べはぐった」
 「……飛び込みテロってー表現もすげーやな」
 「でも、こう。本当に『飛び込み』って感じだったんだよ。こんなに遅くなるなんて思わなかっ
  た。すまない」
 「いいって。仕事で約束がずれ込むのはお互い様だろうが。しっかし相変わらず物騒だな、
  東方は」
 「本当に。そんなに私の焔が好きかな?と思うよ」
 レーズンばかりを食べるロイに苦笑して、胃に優しくしかしエネルギーになるような食事を
マスターに頼んだ。
 「お前さんが、最前線出まくって。ちゅんちゅん火花散らすせいもあるだろうが」
 士官学校時代の頃から、自分より弱い奴や出来の悪い奴に寛大な性分ではあった。
 部下が出来てからは益々悪化して、現在では何時でも最前線で戦う稀有な上官の一人
と各司令部にまで知れ渡っている。更にはそうやって最前線に出る癖、大半の手柄は自分
以外に活躍した部下にまるっと譲ってしまう。
 下士官達には、熱烈に敬愛され。
 側近達からは、終始心配される今日この頃だ。
 「上官が最前線出ないでどうやって部下を守る?最近のテロリストはなぁ!びっくりするほど、
  装備が凄いんだ。装備が!」
 「あーなぁ。軍の横流しがすんげぇからなぁ……」
 「ふん!東方からじゃないぞ、絶対」
 「そりゃ知ってる」
 幾ら他司令部に比べて統率が取れているからといっても、所詮軍組織だ。
 中には困った奴もいるだろう。
 ロイに懐かんどころか、ロイを毛嫌いする部下もあるはずだ。
 が、しかし。
 東方司令部は、何もロイ一人が背負って立つ訳ではない。




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