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 ロイの上には、全くそうは見えないが歴戦の猛者であるグラマン中将が長く総司令官を勤め、
ロイの下には一癖も二癖もある側近五人がいる。
 付け加えるならば、武器の管理はその種類ごとに管轄が側近五人に分散されているので、
横流しがとてもしにくい。
 また、武器の出入りは全てファルマン准尉が、記憶していた。 
 弾丸一つでも余剰があれば報告、足りなくても報告。
 生真面目で特殊能力を持つ准尉を、ロイは上手に使っている。
 「後は、北方でもないだろう」
 「あーミラさん」
 「……本人に言ったら、殺されるぞ。周りの人間に殺されるまでもなく本人に」
 「綺麗な人なのにな」
 「綺麗な人だがな。優しい人でもあるがな。苛烈な方だから」
 「お前が苛烈言うかぁ?」
 「言うさ!相手があの方なら」
 オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将。
 あの、アームストロング少佐と血縁とは思えないアレコレ。
 しかし、東方が内部での反乱による激戦区ならば、北方は常に他者の侵略に晒される
激戦区。
 そのトップたる能力は、ロイに劣らない。
 や。
 純粋に能力を考えるのならば、彼女が上かもしれない。
 何せ彼女は、錬金術を使わないのだから。
 「案外と、中央が一番ヤバイんじゃないのか?」
 二杯目のビールをこれもまた一気に空けたロイが、行儀も悪くフォークで俺を指してくる。

 飲み過ぎたのかアルコールが不意に深く胃に染み入った。
 しかし、胃が軋むのはロイの指摘が正しいせいでもある。
 「あーね。実際シャレにならんのよ、ホント」
 「ふん。結構なお偉いさんが絡んでるんだな?」
 「うー。まだ確定じゃないから勘弁」
 「教えないつもりか?」
 「タイミングを見てるんだよ!……すまんけど。まだ無理」
 ロイに都合の良い情報なら流してもやれる。
 けれど今回は黒幕が、結構ロイを贔屓にしている奴っぽいのだ。
 上手く尻尾を隠していて、潜りに行った部下が何人か懐柔され、更には何人かが消されてい
る。
 こうなったら俺が直々出張るしかねぇよな!ってトコまで事態は進退窮まってもいた。
 もし、本当にそいつが黒幕だとしたら、ロイにまで嫌疑が及びかねない。
 それだけ、ロイを表立って可愛がっている。
 ロイは、まぁ。
 胡散臭さを感じているのだろう。
 表面は如才なく応えても、腹の底では信用していないらしい。
 何度か二人で談笑している場面に遭遇した時に、そう、思った。
 けれどしかし。
 周りというものは厄介な物で。
 特にロイの足を引っ張りたがる輩は多いから、そいつ諸共ロイも!って話に持って行くのは
目に見えていた。
 だから今は、裏取引で何とか。
 上手く引退まで持ち込めればと思うのだが。
 「……ヒューズ?私の心配はありがたいが。いいか?優先すべきは軍内規の安定だ。私に
  咎が及んだとしても根こそぎ叩かないと意味がないんだからな」
 ……ロイさんにはすっかり見抜かれている。
 親友もココまで来ると困りモノだ。
 諜報部に配属された時から、妻や子といった身内から敬愛している上官に信頼できる部下。
 無論目の前の、自他共に認める親友ですら欺かねばならないのは覚悟していたけれど。
 こうも見透かされてしまうと、実にやりにくい。
 「ありにゃと。でも俺としては極力お前さんに火の粉が跳ばんようにしたい訳よ」
 「火の粉の始末は任せおけ。お前は私の冠する名前を時々忘れるよな」
 「忘れねーよ。焔の錬金術師」
 正面切ってこられたら、鮮やかに交わすだろう。
 裏から画策されても、嵌る奴じゃない。
 だが、やはり部下を人質に取られるような事態になれば、ロイは己の身にどれ程の災難が
降りかかっても、部下の安全を確保する。
 そこが、少々心配だ。
 奴の部下がおいそれと人質になるような玉でないのは百も承知で。
 こいつの野望はかなり果てがないものだから。
 「まぁ。何にせよ。グレイシアやエリシアがいることを忘れるな。私より二人を優先させろよ?」
 「わかってるってばさ」
 妻と娘を愛している。
 娘にいたっては溺愛だ。
 しかしまた。
 ロイを愛してもいる。
 深さと激しさでは、ロイが勝るだろう。
 妻がいなくなれば、エリシアの為にと新しい母親を選ぶ。
 娘がいなくなれば、グレイシアの悲しみを埋める為に、新たな悦びを与えようと第二子を検討
する。
 ロイがいなくなれば……たぶん俺は生きていられない。
 と、言うよりは。
 奴がいない世に、俺が生きる意味がないのだ。
 ロイというのは不思議な存在で、近しい人間をそんな風に思わせる絶対的なカリスマを持って
いる。
 俺が筆頭だとは思うが、奴の部下もリザちゃんは間違いなく俺と同じ気持ちでいるだろうし。
 他の部下もかなりロイに傾倒している。
 仇討ちして、後追いするくらいには。
 「自分の安全は考えている」
 「なら、いいけどな」
 イマヒトツ信じていないロイの勘は正しい。
 でも、これだけは譲れないのだ。
 誰の安全よりも、ロイの安全。
 そこに、俺が生きる意味があるんだから仕方ないと諦めて欲しいものだ。
 「でもさぁ」
 「ん?」
 「やっぱ。お前に聞かれた事は何でも話たいわ。士官学校の頃みたいにさ」

 「それはお前……無理な話だ」
 「わかってるけどさぁ」
 善しにつけ悪しにつけ、軍法会議所という場所は情報の吹き溜まりだ。
 親友相手と言えど、べらべら機密を話しまくる訳にはいかない。
 それに、ロイは俺がそんな真似をしたら、それこそ実行を言い渡すだろう。
 俺の生活を守る為に。
 「青臭い理想とかさ、夜通し語りたいとかね?」
 「それなら別に、今でもできるだろう。今夜はノンストップで行ってもいいぞ?」
 「おお!お前さんが、そこまで言ってくれるのは珍しいな!」
 「凹むお前の相手は、俺にしか務まらんだろう」
 俺とロイが言っていたのは士官学校の頃。
 その頃に戻ってやるのも悪くないと、そんな意思表示。
 「でも、場所は移動しないとなぁ」
 「近くにホテルを押さえてある。そこでいいか」
 「ラブホ?」
 「燃やすぞ……ビジネスホテルに決っているだろう」
 びしっと容赦ないでこぴんが飛んでくる。
 ああ、跡がつきそうだ。
 「ほいじゃあ、親っさんお勘定」
 「あいよ」
 手早くだされた伝票を受け取ろうとする前に、ひょいとロイの指先に薄っぺらい紙を奪われた。
 「ロイ!」
 「ここは私が持つさ。お前は、ホテルを」
 「おお!ロイさん。給料日前の妻子持ちの財布に大変な事を!」
 「お前の青臭いあれこれを一晩聞くとなれば、安いものだ」
 そんな事言うなら、俺。
 ビジホをラブホの使い方してもいいんだけど?
 ロイとのSEXもとんとご無沙汰だから?
 たーんと盛れるけれど。
 「その代わり、お前も私の話に付き合えよ」
 何て言われてしまったら、ナニがその気でも応えなきゃまずいだろうさ。
 嫌がるロイ相手に無理矢理しなくとも、通じる情はある。
 ロイの温もりが無性に欲しい時がないじゃないが。
 妻と子が居る俺に、選択権はない。
 ロイが欲しがる時にだけ、好きなだけくれてやるのが、卑怯な俺のせめてもの愛情って奴。
 「わかってるよ」
 ウインクして見せた俺の、心の闇までは見透かせなかったのだろう。
 しかし、胡散臭そうな笑顔にうんざりした風に鼻を鳴らしたロイは、グラスの中身を一息で空
にして、席を立つ。
 俺もそれに倣って、グラスを空けるとロイの後ろに付き従った。

                 


                      
                                                       END



 *はわ!案外と呆気なく終わってしまいました。
  健全と見せかけて肉体関係実は有。そんな二人。
  ロイさん側から、それはイケナイコトだと十分わかっていても、ヒューを求めてしまう。
  どうしようもなく。
  そんなんも書いてみたいですね。






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