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 読書中だ


 せっかくの日曜日、楽しみにしていた外出ができなくなったのは残念だ。
 私だってそう、思う。
 「ロイ?」
 雨になってしまえば中止の催し物だ。子供のように地団太を踏んだ所で快晴になるはずもな
く、催しが行なわれるわけもない。
 だったら建設的に考えて、お互い休日を楽しく過ごす術を他に見つけるのが得策というもの
だ。
 「ロイちゃあん」
 私は溜まっている本を読み、お前は期日の迫ったレポートを仕上げる。
 そう、決めたんじゃなかったのか。
 「飽きちゃったよん。構ってー」
 だから男のお前が猫撫で声を出しても、可愛くはないのだと、何度言えば自覚するんだ。
 「いちゃいちゃしようってば。こんな時間滅多にないぞう」
 「……読書中だ」
 「つーれーなーい!」
 背中にどっしりとした重みがかかる。
 しまった、本を読むのならベッドの上で寝そべっては失敗だった!
 起き上がろうとしても、全体重をかけられてしまっては、それも難しい。
 沈み込んだ体とシーツの隙間から、ヒューズの指が滑り込んでくる。
 「おい!読書中だと言っているだろうが!だいたいお前はレポートがあるだろう」
 「俺に集中力がないの、知ってるだろう?このレポだって元々はぎりぎりで、すちゃちゃって
仕上げるつもりだったんだぜ」
 締め切り前にきっちりと仕上げておく私とは違って、ヒューズは何時でも締め切り間際まで
手をつけようとはしない。
 頭の中でだいたいの構成さえ整っていれば、どんな難解なレポートでも紙に書き出すだけ
という強物だ。
 しかも、そんなやっつけ仕事のようなレポートが、時に私より高評価を受けるのだから釈然
としない。


 「集中力はあるだろうが!お前にないのは持続力だ!」
 「え!俺、そんなに早かっ……」
 最後まで言わせずに、顎を狙って頭突きをかます。
 「えひゃ!……ロイはん……いらい……舌、はんじゃ……った」
 「何だと。見せてみろ」
 持ち上がったヒューズの腕の中で、向きを変えて仰向けになる。
 「ほら、ヒューズ、口を開けろ」
 眉を顰めて痛がっていた顔が、瞬間で満面の笑顔に摩り替わったと思ったら、口付けがされ
た。
 「ひゅー!」
 「嘘ぴょん」
 ぴょんはよせー!と頭の中で突っ込みを入れながら、ヒューズの胸を押しのけようとするが、
この体勢では厳しかった。
 元々体力勝負ではヒューズに勝てないのだ。
 私とて日々の鍛錬は欠かさないというのに。
 どうしたって体格差が出てしまうのが悔しい。
 「騙したのか!」
 「じゃなきゃ、こっち向いてくんないじゃんさー」
 宥めるように降ってくる唇は決まって、瞼の上。
 ぴくっと震える瞼の感触が、たまらないんだそうだ。
 「読書中のお前って、心底冷たいからさー。せっかく俺と二人で入れるのに、そんなに本が
  好きかよーとか思うわけ」
 「本は好きだぞ」
 一度拗ねると、こいつは意外と長く根に持つのだ。
 それも、私に対してだけ。
 「……お前ほどじゃないがな」
 だから、適当な所で手を打つ。
 ありとあらゆる場面で、ヒューズが引いて上手くいっている俺達の仲。
 ここだけは、私が引いている。
 「それって、本より俺の方が好きってこと?」


 「……それ以外にどう聞こえるんだ?貴様の耳は万年休日なのか?あ?」
 「ロイたんたら……ホント、素直じゃないんだから♪」
 きっと、語尾には音符マークかハートマークが乱舞しているに違いない。
 漫画じゃないんだが、どうしてもコトの前は漫才になってしまう。
 まぁ……恥かしいのは確かなのだけれども。
 「俺もロイが好きさ?誰よりも、何よりも」
 嬉しそうに口付けてくる、そんな顔を見せ付けられれば、何時までも虚勢をはっているのが、
馬鹿らしくなってきて。
 「私も、好きだ」
 思っている言葉をそのままストレートに口にする。
 「……まいったね。素直にされると、照れるわ」
 「では、どうしろと?」
 「大人しく喘いでろよ?」
 「……馬鹿」
 自分でも、どうかと思うがきっと顔は真っ赤になっているだろう。
 何度しても、恥かしいものは恥かしいのだ。
 男に組み敷かれるコトに普通は屈辱を感じるのだろうが、ヒューズは別格なのだろう。
 ただ、もう、居た堪れないくらい恥かしいだけで。
 戯れめいて何度も繰り返すキスは、好きなのだけど、だんだん物足りなくなってくるのだ。
 もっと、して欲しくて。
 深く、激しく、したくなって。
 薄く唇を開く。
 定番の誘う仕種に、ヒューズは大人しく嵌ってくれる。
 するっと入り込んできた舌は、絡めようとしたがる私の舌から、器用に逃れると、私の口腔
のあちこちに触れてきた。
 歯の裏をなぞられるのが、一番背筋にくる。
 びくびくっと震えれば、宥めるように背中を撫ぜられて、キスは延々と続く。

 ここだけの話、私はキスが好きだ。
 例えばヒューズとする、情事前の濃厚な口付けだけではなくて。
 妙齢のご婦人の手の甲に施す敬意の口付けや、幼し少女のやわやわな頬っぺたに触れる
慈愛の口付けも。
 唇の上に残る、相手のあらゆる感触が、好きなのだと思う。
 いわゆる一番を決めるならば、眠りに落ちる寸前に、幾度も繰り返されるあやすような、ヒュー
ズの穏やかなキスなのだが。
 あんまりにも乙女ちっくなので、口には出せない。
 出さなくても、ヒューズには通じてしまっていうのだろうけれど。
 奴も追求はしてこない。
 私のギリギリのプライドを残しておくのも、奴の優しさの一つだろう。
 「……ん…ふっぅ……」




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