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 見惚れる


 初めてロイの錬成した焔を見たのは、士官学校時代の課外演習中だった。

 「うわっちゃー。すんげえ降ってきちまったぜぇ?」
 本来なら四人一組で構成される班だというのに、人数が足りなかったためか、上官に嫌われ
たせいか、二人っきりでやることになった演習。
 ま、よくあるタイプのもんで、決められた時間内に、決められたチェックポイントを通過して、
最終地点に置いてある何らかのアイテムを持って帰還するってー奴だ。
 本日演習が行なわれたのは、十班。
 俺達は一番最後の班だった。
 朝からいやーんな感じの天気だったんだが、降り始めたのは既に半分ほどの班が出発した
後。
 そこでやめときゃいいもんを、割合とサディスティックな気のある上官は、実際の戦闘に天候
の良いも悪いもあるか!と、続行しやがった。
 全員が風邪っぴきにでもなりゃあー多少の責任は取らされるかもしれんがな。
士官学校にいる間、いや。
軍に在籍する以上、どんな阿呆な上官の言う事で聞かにゃーなんねぇ。
深く溜息をついた俺の隣で、ロイは黙々と雨具の確認をしてたっけさ。
 「最終チェックまでには随分時間もある。少し雨宿りをして行こう」
 「あいよさ」
 ロイが指差した先に、小さな洞窟のようなものがある。
 雨宿りには最適な場所だ。
 「ひゃー、さみーなあ」
 雨に晒されている最中は生ぬるい膜に包まれているような感覚だったが、新たに濡れなくなっ
た途端、寒さが襲ってきやがった。
 体中に張り付く服の感触も気持ち悪い。
 本日持つ事が許された雨具は、へちょいビニール製のヤッケ。
 着てる意味がないような代物だ。
 「服は脱いでヤッケの上に広げておけ。今、火をつける」


 「へ?今回発火具って持ち出し厳禁だったろ?」
 「……私を誰だと思っている」
 焔の、錬金術師だぞ?
 と、それはもう、かの上官が見たら、ぎりぎり歯軋りして悔しがりそうな、不遜この上もない表
情で。
 今の俺から見ても生意気な、でもそれ以上に頼りがいのある不敵な微笑みって奴を見せな
がら、内ポケットの中、防水の施されたポーチの中に入っている発火布でできた手袋を、ぴっ
ちりと装着して。
 ぱちん。
 指を景気良く擦り合わせるだけで、火花が走った。
 次の瞬間には、足元にあった枝に火がついていた。
 ほんのりと揺れる、やわらかく小さな赤い光。
 「ほら、ついた。ヒューズ、その辺にある燃えそうなものを……」
 「ああ、はいはい」
 名前を呼ばれて、初めて口をぽかんと開けてロイの仕種に見惚れていたのに気がついた。
 指示される通りに、足元に落ちている枯れ枝を拾い集めれば、ロイは枯れ枝の山に火を映
す。
 ほどなくめらりと燃え上がった焔を見つめて二人。
 どちらからともなく、安堵に笑い合った。

 以降、何度もロイが生み出した炎を見てきた。
 一番近くにいた俺だったからきっと、一番多く見ていると思う。
 そんな、中で。
 あれを、見たのだ。
 
 「……俺達、見捨てられたんですかね」
 俺の足元に横たわる部下が、小さく囁いた。
 銃弾と怒号が飛び交う最中で。
 部下の声は、不思議と耳に届く。


 「かも、しれねーな」
 足首を吹っ飛ばされた部下の疲労の色は濃い。
 救護室にまで戻って、治療をしてやれば、死に至るほどの怪我ではないのだが、見捨てら
れた、という陰の感情は軽度の怪我を重いものにと変えてしまう。
 救援を請う最後の通信が届いたのかどうか。
 ぶつっと、突然途切れた声は、何を叫んでいたのか。
 とても、ロイの声に似ていたのだけれど。
 あいつが、居る場所はここから遠い。
 少なくとも、俺達が生きているうちにこられないだろう程度には。
 合いも変わらず雑音すら伝えてこない、無線機を拳で打つ。
 無論、そんなことをしても無線が繋がる事はなかった。
 「すみません、少尉。こんなコト言うのもなんですけど……殺して、貰えませんかね。先刻から
  頑張っているんですけど、指、動かなくて」
 こめかみにあてているコルトガバメントの、引き金にかかっている指がかたかたと震えている。
 緊張の余りにか、足首を怪我した際に、どこかの神経を痛めたのか判断は微妙。
 どの道このままでは、俺まで殺されかねない。
 だからこそ、そんな風に、話を持ちかけて来たのだろうが。
 「後、もー少しだけ。我慢しろ。俺の部下なら」
 「何でですか!」
 「俺より先に死んでくれるな。部下が死ぬのなんざ、見たくない。俺に死ぬ覚悟ができるまで、
  ちっと、待てや」
 「少尉!」
 生き残った所で、敵さんの捕虜になることは必須。
 奴等の拷問は、情報を引きずり出すためのものでもなく、ただ、相手を残虐に殺すためだ
けの拷問だ。
 それこそ、一撃の元。
 こめかみを打ち抜いたほうが、楽ってなもんで。

 
 へふ、と間抜けな溜息をついて、目を閉じる。
 浮かんでくるのは、自分の命よりも大切な男の顔。
 俺が自殺なんてしでかした日には、怒るだろうなーあいつ。
 自然浮かんだ口元の微笑。
 ああ、こんな風にお前のことを考えながら命を消すのも悪くはない。
 悪くはない。
 と、銃をこめかみに突きつけた。
 その時。
 瞼の裏に一筋の閃光が走った。

 どおおおおおおおおおおおん。

 腰に響く爆音は、俺の手から拳銃を滑り落とさせるのに十分な威力を持って、響き渡った。
 「何だ!どしたぁ?」
 




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