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 まだびしびしと地面が振動している凄まじさ。
 俺は条件反射で、手に馴染んだ拳銃を持ち替えた。
 「……少尉、あれ……」
 震える部下の指先に目線を飛ばす。
 視界の隅。
 ぎりぎりの位置に、人影。
 ぽんぽんぽんと、小気味良く、まるで小さな花火のように、人影の上に放たれる焔でできた真
赤の光輪。
 大小様々なそれは、一つ一つ温度が違うのか、微妙な赤のグラデーションを編みながら、消
える側から新しく浮かんでいる。
 「……ロイ?」
 まだ、その姿が確認できるほどに、近くに来ていない奴の。
 漆黒の髪と瞳が、鮮やかに見えた。
 全身に己が生んだ火の粉を浴びながらも、着実にその歩みを進めている。
 防戦もままならなくなるほどに、飛んで来ていた銃弾が、気が付けば一つも飛んでこない。
 全て、焔が焼き尽くしているのだと気が付くまで、普段の俺では考えもつかないほどの、時間
を要した。
 ここではない最前線で、闘っているはずの、お前が。
 何故、ここにいる?
 ばうっつと、空気が持っていかれる独特の音がして、息を詰める。
 ロイが行なう焔の錬成が、大量の酸素を必要とするのだ。
 突風に近い強風が、ロイに向かって恐ろしいスピードで走った。
 ロイの髪の毛を軍服を、全てを巻き上げるかのように包み込んだ風の中、力強く足で地面を踏
みつけていたロイの、発火布が擦られる。
 次の瞬間。
 目を細める視界を埋め尽くす、焔の壁が立ち上がった。
 「無事か、ヒューズ」
 距離にして十数メートルはあるはずの、灼熱の壁に見惚れているうちに。
 何時の間にかやってきたロイが俺の隣に腰を落として、顔を覗き込んでいる。
 「……間に合わないかと、思ったよ」
 真っ赤な顔は立て続けの錬成の反動か、縋るようにして俺の腕の中に収まった身体は、軍
服越しでも燃えるように熱かった。
 「マース」
 部下がいるのを忘れて、口付けそうになる、潤んだ瞳。
 髪の毛をそっと撫ぜて。
 「大丈夫だ、ロイ。お前のおかげで助かったよ」
 「…そうか。良かった。本当に……良かった」
 「っつーか、お前これ、火傷?」
 ロイの頬に幾つモノ小さな水脹れができている。
 額の真中にある水泡は、かなり大きい。
 「何時もの事だ。気にするな。それよりお前に怪我は無いのか?」
 「俺は平気だ。でもこいつが……」
 俺は、ぽかーんと口を開けたままで俺達を見詰める部下を示す。
 唐突な展開についてこれない上に、いきなりラブな俺達を見せ付けられりゃあ、呆然とする
しかねーやなあ。
 「……足か?出血と消毒は」
 「止血はばっちり。消毒もここでできる最良の手配はした」
 「なら、大丈夫だ。焔の壁が崩れ落ちる頃には、部下達が追いついてくる。ジープも来るは
 ずだから、それに乗せていけば問題ないだろう」
 ぽんぽんと気安く部下の肩を叩いたロイは。
 「後少しの辛抱だ。よく、頑張ったな」
 破顔して、部下を労った。
 「……あ、りが……とう、ございます」
 絶体絶命のピンチに駆けつけてきた英雄に褒められて、部下はほろほろと泣き崩れた。
 安堵したのと同時に、ラブラブな俺達をすっぱり忘れてくれるとありがたいのだが。
 えうえうと小さな子供のように泣き続ける部下の背中を叩きながら、俺は気になっていた事
をロイに問う。
 「助けにきてくれたのは、本当にありがたいけどサ?お前、どやってここまで来たんだ?」
 「……任されていた地区の殲滅をすませて、お前の所に向かう途中だったんだ。無線で
  こっちの戦況が悪化しているのは知っていたから」
 さらっと言うけどさ。
 お前、一番攻略が難しい地区の殲滅担当にされてなかったか?
 「んじゃ、もしかして。無線機壊れる寸前の声って。お前?」
 「そうだ『今から行くから、待ってろよ!』と怒鳴ったんだが。届いていたか?」
 「や。何か言ってる。ロイ似てる声だなあ、とは思ったけど」
 きっと、俺の窮地を察して、とんでもない勢いで先の区を殲滅してきたのだろう。
 そうして、ここまで。
 休む事無く。
 駆けつけてくれたのだ。
 「……死なないで、良かったわ」
 「自殺なんか、許さんぞ?」
 「わかっちゃった?」
 「だから、来たんだ」
 頬の肉をぐにっと引っ張られた。
 泣いている部下をそっと盗み見て、ロイの額に唇を寄せる。
 水泡の感触が、ふよんと唇にあたる。
 「お前!」
 部下にばれるかと緊張し、更に照れまくるロイの反論を抑えるよう言葉を続ける。
 一瞬の口付けなど、無かったようにさらりと。
 「だいじょぶなんかよ?この水泡」
 「……何時もの事だ。水を抜いて専用の軟膏をつければ、今日明日中にも痕すら残らず完
  治する…心配するな」
 「そいつぁ、良かった。何か、色々良かったよ。ホント。初めて見たけどさぁ。すんげぇ綺麗
  だったし。お前の対攻撃用焔の錬金術」
 「……どんなに綺麗でも、所詮人を殺すためだけの技だよ」
 「人を助ける技でもあるだろう?」
 最低でも俺と部下、二人は救ってくれた。
 それにさ。
 「あんだけ、綺麗な焔で一瞬にして焼かれたら、それはそれで幸せかもよ」
 散々苦しんだ挙句に、全てを呪いながら死んでいった人間を、あんまりにも多く見てきたか
ら。
 それは、心の底から真摯に擁く感想の一つ。
 「……ありがとう。マース」
 困った風に、儚く笑んだ唇が、そっと埃だらけの俺の額を掠めた。




                                                       END
                         
 



 *ロイの焔描写が納得いかぬ。いかぬんじゃあぁ。
  どうして、自分こんなに語彙が少ないんだろう。
  三種類の辞典を駆使するだけじゃあ駄目か。
  駄目なのか。えうう。
  もそもそと続けてもいいような気がしたのですが。
  あえて、ここで。
  見惚れたのはロイの、微笑と焔ってコトで。




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