「礼を言われると微妙」
「じゃあ、ごめんね?」
「もっと、微妙」
きゅうと抱く力を込めれば、ふふふっと漏れるやわらかな笑い声。
そうやって、ずっと。
穏やかに笑っていればいいのに。
俺の腕の中で、それができるというのなら、俺だけを選べばいいのに…。
「ベッドの上に横たわって、あいつが、入れやすいように準備して。その時になって、奴が急に
手を、握ってきた……」
ロイの唇が僅かに震えているのに気が付いて、キスをする。
何度も。
震えが止まるまで、辛抱強く。
どれくらい繰り返しただろう。
甘い吐息が零れて、震えが止まった。
紡がれる言葉は、あんまりな内容だった。
「……そしてね。言うんだ『こうやって、俺に手を。握られたかったんだろう?』って」
「おいおい」
「うん。奴はね。君の言葉を全く勘違いして捉えたんだ」
奴を語る時、思い出す時に見せる表情の中で始めて見せた、怜悧な表情。
「私は、奴に手を握られたかったんじゃない。手を、離して、欲しかったんだ」
手を握るという親しくも優しい行為を、ただの別れの意味だとは思いたくはなくて。
「ああ」
……俺と手を握りたいと思っていても、握れないのがもどかしくて。
せめてもの、決別を望んでいただけだったのに。
真逆の勘違いをした彼。
そこまで、ロイが自分をスキだって自負してたんかもしれないけど。
ロイは、俺という存在を手に入れて、疲れている自分にやっと気付けたんだ。
アンタを、大切に思う気持ちも随分薄れさせてたんだぜ?
気が付かなかったんだろう、自信過剰なくらいの人だから。
「……でも、これで。吹っ切れた」
「本当に?」
さすがに、その言葉には大きく目を見開いてしまう。
どんだけ深く、あの男に捕らわれていたのかを知っているだけに。
「ああ。ナンというか、こう。憑き物が落ちたみたいな感じなんだ」
「なるほど」
「……研究に詰まっていた。何度考えても、全く先が見出せなかった。それなのに、物凄く
些細な切っ掛けで、すこーんと解決されてしまう…そんな感じの感覚だ」
「その説明は、わかりやすいや」
あれって、何度経験しても驚かされるけど。
俺等研究者は、神が降りる瞬間、って言ってる。
あるんだよ。
そーゆのって、極々マレだけど。
今回の降臨は、俺的には本当に。
本当に、嬉しいんだ、けど。
「……なぁ。無理しないでいいんだぜ?」
ヒューズ中佐は大佐の情人でもあったが、親友でも、同僚でもあったのだ。
吹っ切れたと言っても、まさか。
いきなり全てを切り捨てる事など、できる訳もないのだし。
「……無理はしていない。むしろ今まで無理をしていたんだ……本当、私は馬鹿だな」
「知ってるし」
「ふふふ。そうか」
「……あんさ?」
「ん?」
「今更なんだけど、結局したの?その……手を握られた時」
「……聞きたい?」
うわ。
何この顔。
年齢忘れる小悪魔顔だよ!
「聞きたいっつ!」
「はいはい。そんなに興奮しないの」
宥めのキスが頬に届く。
ああ、この艶っぽい表情。
何だってんだよ!
「握られた手を引っ叩いて、そのまま部屋を出たよ」
「っつ!ってぇ?すっ裸のまんまぁ?」
「……アレにスキを見せたら、またベッドの上に転がされる羽目になるからな。ま、引っ掴ん
だシーツで服を錬成して、そのまま外に出たさ」
「……心臓に悪りぃ」
「もう二度とはしないよ。アレと寝る事もないだろう。完全に縁を切るのは、まぁ。難しいだろう
けれど」
「そりゃそうだろ。寝なくたって。や。寝なくなったら尚の事、友人なんじゃね?」
「……君が度量の広い恋人で、本当に良かったよ」
俺は実の所、自分でもうんざりするほど嫉妬深い。
ただ、そんなガキじみた独占欲を面に出したら、ロイに嫌われるとわかっていたから、しなかっ
ただけの話で。
「明日にでも、どこかに出かけよう」
そんな俺の葛藤なぞ、露ほども知らずにロイが、華やかに笑う。
久しぶりに見る屈託ない無邪気な笑顔が見られて、それだけで俺は、十分過ぎるほどに嬉し
い。
「手を、繋いで。買い物でもしようか」
「ああ。いいぜ。俺がちゃーんと手を引いて、エスコートしてやるさ」
「楽しみにしているよ」
「ほいじゃあ、明日に備えて早めに寝るか?」
「…私が、君だけのモノになるといった、記念すべき初夜なのに?」
「おまっつ!ばかっつ!そんなのっつ!」
「嫌?」
うー。
この性悪めっつ。
照れてるだけだって、解りきっている癖に!
「泣いてもしらねーぞ」
「むしろ、泣かして欲しいねぇ」
余裕で笑って見せる恋人の、笑顔は深く。
蕩けるように、甘かった。
END
*なんか、ヒューさんがやーんな立ち位置になってしまいました。
この後、ロイさんを大切にしなかった罰が当たればいいのにとか思ってしまう。
ナニな今日この頃。 2009/02/01