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 牛乳


 「ローイ。起きろ」
 「……後、五分……」
 「んな時間があったら、寝かしといてやるって。おら!もうギリギリなんだよ」
 べふっと音がして、包まっていたタオルケットを剥ぎ取られる。
 「うー」
 まだ人間の言葉も話せない風に唸り声で抗議をしながら、タオルケットを引き摺り戻そうと
手を伸ばせば、がっしと手首を掴まれて強引に引き起こされた。
 「ほいよ。おはよう」
 額におはようのキス。
 ぐいぐいと頬をおしつけてくるので、嫌々顎に返事の口付け。
 あー。
 まだ髭、整えてないし。
 ヒューズの髭は、ああ見えても毎日キチンと一定の量に剃られているのだ。
 一週間に一度ぐらい剃ればいい私とは大違い。
 ご苦労な事だ。
 「んな、嫌な顔するなって。また髭整えたら、ちゅうすっからさぁ」
 「……別に、いらない」
 「んだよ。今日は拗ねモードか。最近多いなぁ」
 ……それはお前が、私を長く放置しておくからだ。
 自然拗ねたくもなる。
 「パパはお仕事忙しいんですよぅ」
 「私も負けてないぞ」
 「グレイシアの具合も気になるし」
 「だったら、ここへ来てる場合じゃないだろうが!」
 初産を間近に控えているグレイシアが心配だ。心配だ、と会いに来られる度に言われてみろ?
いい加減うんざりだ。
 ヒューズの知らない所で、とても仲が良いグレイシアと私。
 あんまりヒューズが心配するので、大丈夫なんだろうかと連絡をしてみれば、グレイシアは
大きなお腹を摩りつつ、三日と空けずに電話を寄越し容態の変化を教えてくれる。
 曰く。
 至って順調。
 『マースが心配しすぎるのよ、本当』
 と、深い溜息をつくのはグレイシアが結構うんざりしている証拠。
 私とグレイシアの付き合いはヒューズの付き合いよりも長い。
 何せ彼女はご近所さんだったのだから。
 親同士仲が良い事もあって、小さい頃はよく遊んだものだ。
 まぁまさか士官学校時代に私と関係を結んだヒューズが、二股掛けでグレイシアと付き
合っていたと解った時は、お互い開いた口が塞がらず二人して口を揃えて散々ヒューズを
罵ったものだが。
 「だあって、ロイたんにも会いたいんだもん」
 ぎゅうっと抱き締められる。
 この辺りのあやし方は、まぁさすがに私好み。
 だけどこう。
 本当にグレイシアを心配しているならいいが、時々、私の嫉妬心を掻き立てようとして、
言ったりもするから腹が立つ。
 私とグレイシアが筒抜けなのも知らないで。
 私には、ヒューズしかいないのだと……思い込んでいる。
 「ほら、ちゃんと起き抜けのホットミルクも作ってあるんだぞ?」
 「当たり前だ。動けないほど責め苛んだのは誰だと思ってる」
 「へへ。俺」
 「へへじゃないわ!」
 妊娠中のグレシアを気遣っているんだろう。
 一人で抜けよ、少しは。
 というくらい、ココ最近はこゆーいSEXをする。
 揺さ振られる時間が長いのならいいんだが、愛撫に時間がかけられるのは正直きついん
だけどなぁ。

  「ふーふーしてやろっか?」
 「私は貴様の子供じゃないぞ?」
 「いいじゃん。予行演習で。はい、ロイちゃん。ふーふーしましょうねー」
 「……絶対グレイシア似の女の子が生まれてくるぞ!お前には似てないんだ!せいぜい
 落ち込めばいいさ」
 今更予行演習なんか必要ないんだろう?という、お子様向けの口調に。
 私は自分でも訳のわからない怒りを、言葉に代えてぶつけた。
 しかし、ここで冷まさずに飲めばむせ返るのは必至。
 ヒューズの『ほれ見た事か!』攻撃が始まるので、慎重に息を吹きかける。
 最初から温いホットミルクではなくて、がんがんに温めた物を冷ましながら飲むのが好き
なのだ。
 マグの上に張った薄い膜を、するっと飲み込む。
 この感触が、また堪らない。
 「ああ!」
 「どうした!熱かったんか!」
 「いや。違う……何でもない」
 別に、思い出しただけなのだ。
 ホットミルクの上に張る膜が好きなんだと笑ったら、変態!と指差されて笑い返されたのを。
 「お前、何でもないって、叫びっぷりじゃなかったろうが?」
 ここで誤魔化しても、しつこく聞かれるのは解っている。
 私は諦めて、大きな溜息をつくと素直に思ったことを口にする。
 「大したコトじゃないんだ。鋼のにホットミルクが好きだって言ったら、変態って笑われたなぁ
  って」
 「ホットミルク好きってだけで、変態か?まぁ、えらい勢いで嫌いみてーだからなぁ、牛乳」
 「こんなに美味しいのにね」
 「背も伸びるんだけどな」
 「……本人に直接言ってあげれば良いよ。私が言ったら、いきなりオートメールの腕で
  切りかかってきそうだ」
 「そういえば、エドの奴。妙にお前に突っかかるよなぁ……好きな子ほど、苛めたいって
  奴じゃねーの」
 ん、く、とホットミルクを飲み込んだ、その唇を奪われる。
 「うわーロイ。いいなぁ。これ」
 「何がだ?」
 「ちっさい、子と、ちゅうしてるみてー。ミルク臭いちゅう♪」
 「沈め、変態が!」
 思いきりもよく手刀を首に打ち込めば、ぎょくっと、変な音がした。
 骨でも軋んだか?
 「てて。んなに本気でやらなくても……ナニ、もしかして告白でもされちゃったの?エドワー
  ドに」
 「そんな訳あるかっつ!」
 「ロイちゃあん?素直に答えんと。お仕置きしちゃうよん」
 「むう!」
 これ以上体力を奪われたら、休みを一日延長せねばなるまい。
 中尉の頭の上に、鬼の角の幻覚が見えてしまう。
               



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