額を伝う血の筋を舐めとって。
瞼に舌を這わせれば、そのまま。
「僕って、幸せ、だよ……ね」
紅葉の瞼は閉じて。
「きょ、いち……」
二度と。
開かなかった。
「嫌だああああああ!紅葉っつ!紅葉っつ!!」
一部始終を見ていたひーちゃんが絶叫を上げる。
喉が切れそうな悲痛な叫び。
や、実際は切れているのかもしれない。
口の端からは血が、つうっと伝った。
俺にとって紅葉は恋人だが、ひーちゃんにとっては半身。
痛みの質は違えども、深さはきっと同じ。
まして、身代わりに死んでいったようなものだ。
「逝くな、紅葉っつ!逝くなあああああっつ」
俺こそが、叫びたかった言葉を全てひーちゃんが使ってしまう。
「頼むから!何でもするから!」
触れている先から冷えてゆく指先に縋るように唇を寄せて。
「死ぬなあ!」
「……ひーちゃん」
「どおして、お前が死ぬんだよお!」
ああ、そう。
それだ、ひーちゃん。
どーして紅葉が、死ななきゃならなかったんだろうな?
紅葉は、ひーちゃんの代わりに俺の手の中、満足して死んでいった。
本当なら、俺は。
どんなに辛くとも、悲しくとも。
笑顔で送ってやらなければならない。
きっと、紅葉もそう望んでいるだろう。
わかってる。
ひーちゃんが壊れかけている以上、俺までが、お前を引き止めるわけには
いかないってコトも。
でもな。
でも、紅葉。
「どうして?」
何で、お前が死ぬんだ?
人には宿星って奴があって。
御門あたりに言わせれば、死すらも定められているというけれど。
これからなのに。
本当に何もかも、良いコトや楽しいコトはこれからだったのに。
くったりと力を無くした身体を静かに抱え直して、抱き締める。
どんなに強く抱き締めても、優しい腕がやわらかく抱き返してくるなんて、奇
跡は起こりやしなかった。
「どおしてなんだよ!」
ひーちゃんの身体が大きく跳ねて、駆けつけてきた紗代ちゃんや、他の人
間が息を飲む音が遠くで響く。
「紅葉ああああああああっつ」
もっと、ずっと。
優しい音で、響きで、想いで。
名を呼んでいたかった。
呼べば、紅葉の声が聞こえてくるような気がして。
『きょ、いち』
と。
俺だけが聞ける、甘えたな囁きを。
思い出して。
「くれ、は、あっつ」
他の人間が必死で差し伸べてくる全てのぬくもりを、掌の一つで押し止めて、
恐ろしい速さで冷えて固くなってゆく躯をいつまでも。
いつまでも、抱き締めていた。
END
*京一×壬生
人死にネタは体力気力を使い果たしますね。がっくり。
しばらくやらないって、思ったんですけど。
死んでゆく人間の視点でもちくっと書きたい気がして困りモノ。
100のお題あたりでやろうかなー。