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 「大丈夫ですよ?驚いただけでしょう?」
 「ああ」
 「この程度の傷。貴方が舐めて下さればすぐに、治ります」
 「舐めて!」
 絶句してしまった。
 本当に、愛らしいなぁ。
 「嫌ですか?」
 「や!そういった訳ではないが……」
 しばらく躊躇っていた霜葉殿だったが、意を決した風に唇を寄せてくる。
 そっと触れて。
 「唇を、開けていただけますか」
 優しく囁かれた。
 背筋が総毛立つ心地良さだった。
 薄く、口を開けば先刻の私の真似をしているのだろう。
 思ったよりは呆気なく、私の口の中に彼の舌が忍び込んできた。
 おそるおそる、舌を舐めてくる。
 そのぎこちなさが堪らなくて、私はついつい彼の舌をちゅうと吸い上げてしまった。

 薄く開いていた切れ長の目が、限界まで見開かれる。
 猫が毛を逆立てると言う表現が似合う、驚き具合だった。
 「霜葉殿」
 必死に絡めようと蠢く舌を、拒否するでもなく、主導権も取らせない絶妙の匙加減で緩く
噛みながら目線を合わせる。
 常の行動が夜半のせいか、透き通るように白い肌の上、鮮やかな朱が上った。
 「接吻は、目を閉じてするものですよ?」
 私の行動が心配なのと、慣れていないのと、どちらの理由も挙げられそうだが、どちらに
せよ、両方だとしても。  
 愛らしいのには変わりない。
 それが、例え負の要素だったとしても、私はこの人に心配されるのが嬉しい。
 「わかった」
 従順に頷かれて、瞳が閉じられる。
 震える睫は、今になって気づかされる長さだった。
 懸命に合わせようとする舌の動きを宥めるように、時には先導するように続ける接吻は、
思いの外溺れた。
 相手が霜葉殿だから、安心し切っているのだろう、我ながら苦笑しかできない。
 溺れる接吻なぞ、本来。
 忍者である私には許されるものでもない。
 逃しきれなかった唾液を、こく、と飲み込む喉元に歯を立てたい衝動に駆られる。
 それは何とか堪える事が出来たが、唇の端から飲み切れずに溢れてしまった唾液を追う
のは、止められなかった。
 唾液が落ちるのに合わせて、顎のラインを舌でなぞる。
 その都度小刻みに震えを走らせる霜葉殿には、酷く嗜虐心を誘われた。
 接吻だけで、こんなにも崩れる霜葉殿が愛しくて堪らない。
 私は後から溢れてくる情と欲に身を任せて、続きをするべく霜葉殿の手を取ると蒲団の上へ
と誘った。

 「霜葉殿……」
 私の腕の中、慣れない感覚に飲み込まれて意識を手離した霜葉殿は、瞼の上に口付けを
落としても、ぴくりとも動かなかった。
 「すみません。己を制御できなくて」
 二人合わせて二桁は軽く吐き出した。
 最後の方は霜葉殿の赤く濡れた性器からは、少しだけ粘り気のある透明な水滴しか落ち
やしなかった。
 「でもね、本当はまだしたりないのですよ?」
 常日頃性欲どころか己を節制する生活を送っているせいだろうか、箍か外れると手に
負えない。
 何もかもが初めての相手に、痛みではなく快楽までを教え込むのは得意中の得意では
あったが、これでは幾らなんでもやりすぎだ。
 白々と朝の気配が訪れるまで。
 霜葉殿が完全に意識をなくしてしまうまで、手放せなかったのだから。
 交接を解いた今でも離れがたくて、彼を腕の中に包んでいる。
 長身の彼だったが、細身のせいもあって、思ったよりも容易く私の腕の中に納まって
くれていた。
 気配に敏感で、通常であれば寝顔を見ることなどできやしない、彼の寝顔は想像以上に
愛らしく、また昨晩の行為の延長か。
 驚くほどに妖艶だった。
 朝と言うのも手伝って、私の性器は昨日の爛れた時間を忘れたかのように猛っていた。 
 このまま霜葉殿の身体を揺さ振り起こして、まだ覚醒しきらない硬い身体を間もおかず
に貫きそうだ。
 「朝風呂でも使いたいところですが」
 目が覚めた時に私がいないと、とんでもない勘違いをしてくれそうだから。
 取りあえず彼が、目覚めるまではこのままでいようと思う。


 好きな人を抱える至福。
 そして、何も物にも替えがたい人が決して。
 私を嫌ってはいない、愉悦。
 この二つが同時に発生すると、人間駄目になりかねないほどの悦楽に浸れるのだと知った。
 優しいこの人が私を拒否できないのを良い事に、私はこの人を絶対に手離さない所か、今
以上の関係を強いてしまうだろう。

 霜葉殿を抱き始めた時に聞こえていた声は、身体に溺れる内に遠のいていったけれど。
 今はまた、復活している。
 所詮、己を嘲笑う声だ。
 一生付き合っていかねばならぬのは百も承知している。
 歴代の翡翠流を継いで来た数多の当主の中ではきっと。
 この声に潰されて自害していった人間も多かった事だろう。
 愛しい人を蹂躙することで益々激しくなるのも簡単に想像がついた。
 けれど。

 『ひ、すい……どの?』
 不穏な思考に嵌ってゆく私の闇が、彼の眠りを妨げてしまったのかもしれない。
 起き抜けの、情事の後めいた掠れた声で名を呼ばれる。

 「まだ、朝も早いです。寝ておられても問題ないですよ……起きられたら一緒に、朝風呂に
  行きましょうね?」
 これも珍しい半覚醒の霜葉殿は、私の言葉の意味を正しくは理解していないに違いない。
 とても愛らしく、こっくりと頷いて。
 また穏やかな寝息を立て始めた。

 この何にも替えがたい愛しい人を、抱き締められるのならば。
 永遠の嘲笑にも、耐えてゆけるだろうと思う。




                                                    END




*エロシーンをすっ飛ばしたら、すんなりと収まりました。
  翡翠さん。初めてを散らすのはさぞ、上手だっただろうなぁ、と
  一人にやにやしておりました。
  完全な18禁ものも何時か書きたいものですね。

                                   2008/07/08




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