僕にはただでさえ、暗殺者として致命的な母という枷がある。
 これ以上はもう、誰一人満足に守ってはあげられないから。
 愛しいと、思う人を作ってはいけなかったのは、誰に咎められなくともわかっ
ているつもりだし。
 誰かを大切にしたいと、できれば笑っていてくれればと思う感情は初めてで、
無論かなり持て余し気味だけれど。
 それもまた一興だと、思ってしまう自分を止められない。
 「うわー。また綺麗なもんに懐かれてるなー」
 「蓬莱時さん!前に、いませんでしたっけ?」 
 隣に突然想い人が現われて、驚きのあまり声が上ずってしまった。
 「んー雷人が綺麗なもん見れるぜーっていうから。ほらそっと近づかないと
  飛んじゃうだろ?……何、もしかしてすっげー驚かしたか?」
 「すみません。てっきり前にいると思ってましたんで」
 静まってくれない心臓を軽く叩いて、大きく息を吸い込んだ。
 「そりゃ悪かった。驚かす気はなかったんだがな。蝶をはべらしてる紅葉、っ
  てーのが、見たかったんだ。何度見ても綺麗でいいよな」
 うっとりと、それこそおいしいラーメンをたらふく食べた後の至福の表情で見
つめられて、顔まで紅潮してしまいそうだ。
 「え?何度も」
 「ああ、よく懐かれてるだろう?だいたいそんな時紅葉は何でかぼーっとして
  るから、堂々と眺めてても気付かねーみてーだけどよ」
 確かに蝶に囲まれている時は、血を浴びた後が多いのでぼんやりとしてい
ることが多いが、人の視線に気が付かないほど呆けているつもりはなかった。
ましてや誰よりも大切に考えている蓬莱時さんの視線なら尚の事。
 「んー気配が蝶と同化しちまってることが多いから、よく気付くのは俺とひー
  ちゃんぐらいだけどな」
 「同化?」
 「そ、紅葉がいる…っていうよりは蝶が戯れててその中に紅葉が潜んでるっ
  て感じ。まー紅葉の気配が希薄なんだわ。すっげーよ。だからさ……そん
  な顔しなくても気付いてる人間は少ねーってば」
 一体僕は、今どんな顔をしているというのだろう。
 蓬莱時さんが笑っている以上彼に不快感を与える顔でないのはわかるのだ
が。
 情けない顔でも?
 「ひーちゃんは双龍だから、どんな紅葉を見られたって許容するだろう?お
  互い様だからって、前にひーちゃん言っていたし」
 恥ずかしいのには変わりないが、蓬莱時さんが言う通り龍麻は別格だ。
 龍麻のいわゆる情けない所、なんて滅多に見れるものでもないが、それでも
僕は数多く見ているだろう。
 彼は僕の魂の双子。
 もともとは一つであるべきものだ。
 自分を否定するような下卑た人間にだけはなりたくないと、考えている以上。
 他の人間に見られたくないことでも龍麻ならば、と思ってしまうのだ。
 直接聞いたことはないけれど、龍麻も同じような考えを持っているはず。
 「後はさ、俺だけじゃん。俺は紅葉の双龍にはなれないけれど。 ひーちゃ
  んに負けないくらいの紅葉好きだし。恥ずかしいとか、思う間もないくらい
  にせっせとかまい倒すし?」
 「蓬莱時さん……」
 「迷惑じゃーねーよな?気持ち悪い、とかもねーだろう?」
 息が、届くほどの位置で真正面から見つめられて。
 腰に何か手を回された日には、これは告白か何かなのかと。
 錯覚してしまう。
 「だからさ。俺を許容しろよ」
 肩を軽く、軽く叩かれて。
 あれほどの衝撃にも動じなかった蝶が二匹とも舞い上がった。
 さすがに太陽の匂いを纏う彼の気には叶わなかったのだろう。 
 僕は、ぼんやりとアオシジアゲハの飛んで行く様を見つめる。
 本当なら僕も、ああして蓬莱時さんの側から飛び立たねばいけないというの
に。
 「きょーいち!俺様の紅葉ちゃんに、何をちょっかいだしてるんさ!」
 これまた気配を感じさせなかった龍麻が、蓬莱時さんの背後に回って僕の
肩に置いていた手を掴むと、空いた手で蓬莱時さんの首をぎゅうぎゅうと締
め付けている。
 「ひーちゃん!最高ーにタイミング悪いわ!」
 だーっと肩を落とす蓬莱時さんの頭を再度叩いた、龍麻が心配そうに俺を
見やる。
 「大丈夫か、紅葉?京一に変な事されなかったか!こいつの紅葉好きは
  今に始まったことじゃねーけど。早々足を踏み外すやつでもねーど。基本
  ベース獣だからな。嫌な事は嫌って言わないと、こいつはとことん付け上
  がるぞ」
 「それ、言い過ぎデス龍麻様……」
 すっかり元気をなくしてしまった、蓬莱時さんの髪の毛をそっとかきあげる。
 ぱあっと表情が明るくなるのが、例えようもなく嬉しい。
 「心配してくれてありがとう、龍麻。でも僕は蓬莱時さんを許容するから」
 見つめているだけでではなくて、こうして触れる事を蓬莱時が許してくれるな
ら、こんなに悦んでくれるのなら、自分の禁忌に触れたとしても。
 幾らでも。
 望むだけ。
 「紅葉ー寛容すぎだよー。京一なんか足蹴(あしげ)にするぐらいでちょうど
  いいのにー」
 むーっと小さな子供のようにふくれっつらをする龍麻の数回撫ぜると、やっ
とのことで蓬莱時さんの拘束がとかれる。
 「うえー。ひーちゃんマジ俺を殺す気だったろ!」
 「紅葉にちょっかい出す奴は極刑です。でも……他ならぬ紅葉が、許容す
  るっていうから近くにいるくらいなら、ま、しょうがない」
 まだ何やら思う所があるのか、龍麻の思案顔を尻目に。
 蓬莱時さんの顔はゆるみっぱなしだ。
 「俺はほんとーに嬉しいぜ、紅葉。これからもせっせとかまい倒すからな。
  きっちり許容してくれよ?」
 「ああ」
 これ以上はないだろうという至福。
 好きだと、伝えることはなくとも。
 共にいられるならば、手の届く所にいて、いいのなら。
 ……幸せ。
 僕は満ち足りた気分で、ほ、と溜息を一つつく。
 何故か、口をぽかんとあけた表情で僕を見る龍麻と蓬莱時さんが不思議
とおかしくって、僕は小さく声をたてて笑った。


                                             END




*京一×壬生
 最近『蓬莱時さん』と呼ぶ壬生にツボ。ほう♪自分に向けられた好意に鈍感な壬生
 を書いてみたかった。ちなみにテーマは某アーティストの『アゲハ蝶』です。愛された
 いと願いはしないけれど。会えただけで良かったでは、物足りない。側にいてくれ、
 ではなくて側にいさせて。かな。またしても乙女度が上がってしまい恐縮です。これ
 に対応する京一視点版も書きたいかなー。ラブな奴。
 

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