蒼い鼓動


 「蓬莱時…さん?」
 俺の名を呼ぶ甘い声が、闇の中に散る。
 正確に言えばそれは真闇ではなく、細く開いているペールグリーンのカーテン
からしらじらと覗いている三日月が、仄かに二人の身体の輪郭を浮き彫りにさ
せる薄闇の中で。
 「悪りィ。痛かったか?」
 丁寧に、少しでも紅葉の負担が減るようにと丹念に施しているはずの愛撫で
はあるけれど、いつでも紅葉を早く感じたくて仕方ない俺は、中に入り込む時、
どうしても必要以上に野蛮になってしまう。
 先端を入り口につけた途端、吸い込まれるように奥まで腰を入れてしまうのだ。
 「……いや。大丈夫だよ」
 今も額に脂汗を滲ませながら、穏やかに笑って見せる紅葉を見るにつけ無理
をさせてるなーと思う。
 俺にとっては気持ちよくってしょうがない行為だけれど、紅葉がこんなにつらい
のならやめてやらなきゃと、しみじみ考えるのだけれど。
 いざ、紅葉を前にするとそんな俺の決心なんざー、ほろほろと壊れてしまう。
 
 まず、キスがしたくなる。

 俺を見て、困った風に眦を下げて、微か唇の端を上げる様を見ると。
 口付けずにはいられなくなる。
また、その唇がどうしようもなくやわらかくて気持ちが良い。
 角度を変え深くまで。
 中をなぞるように堪能して。
 軽く舌先に歯を立てる度。
 鼻から抜けてゆく紅葉の声がなんとも幼くて、可愛い。
 自分より背の高い男をとっ捕まえて、可愛いってーのも終ってると思うが、それ
以外俺の貧困な語彙では表現できないのだからしょうがない。
 唇を離した時に切なそうな表情を瞬間浮かべるのが、尚愛しくてまた口付けて
しまう……結構キリがない。
 冗談抜きでキスしながら、ナニをこすりあってるだけでいけるってーんだから、
人には話せないやな。
 無論、紅葉の方を先にいかせている場合がほとんどだけど、俺が我慢できな
い時も一度や二度じゃあ、ない。
 キスだけで盛り上がるんだから、それでいいじゃんとツッコミを入れたいところ
だけれど、そこはそれ。

 キスの次はもっと、もっと紅葉に触れたくなる。

 ここ最近それが趣味じゃないかと思うほど、抱く度に紅葉の良いところを見つ
けては悦んでいる始末。
 もともと感度が恐ろしくいい方らしく、初めの頃。
 俺の拙い愛撫でも、すっごく感じてくれて男冥利につきるなーとほくそえんだり
もしたが、最近はそこに輪をかけて『慣れ』って奴が紅葉を煽るらしい。
 「んっつ…」
 どんなに暑くても涼しげに黒い服を着こなす紅葉だけれど、さすがに今は全身
にしっとりと汗をかいている。触れる所全てが吸い付いてくるので心地が良くて
必要以上にあちこちぺたぺたと触ってしまうのだが、紅葉はそれを嫌がって首
を振った。
 「こんなに、気持ち良いんだし。いいじゃん?汗なんざー俺の方がかいている
  んだしよ」
 言い様、ぱた、と顎から滴った汗が紅葉の切なそうに閉じられた瞼の上に落
ちる。
 大きく息を吐いて軽く頭を振れば数滴の雫が飛び散った。
 「京一、が汗をかくのは、動いているから、だけど。僕の場合は…」
 落ちた汗が滲んだのか、紅葉の瞳が薄く開かれる。
 泣いているはずもないのに、あからさまに潤んだ瞳。
 「動いても、いない、のに」
 「こんなに濡れるって?全身どころか……中、も?」
 覆い被さりながら背中に手を入れて、ぐいと胸をおしつける。耳たぶを唇で挟
んで流し込むように言葉を注げば。
 「……蓬莱寺、さん」
 怒った風に名前を呼ばれる。
これ以上はなく照れている証拠に、ついやに下がってしまう。
 それは俺が聞いた内容が図星をついたって奴で。
 「だって、こんな、だもんな」
 胸は合わせたまま腰だけを使って入り口のぎりぎりまで引き出して、肩を掴ん
で勢いよく奥を抉る。
 「……は、……か………はっつは、あ……」
 触れている胸からは、さすがにコントロールしようがない心臓の音が、早鐘の
スピードで伝わってきた。
 とくとくと脈打つ鼓動を感じながら思うことはいつも、同じ。

 一つになりてぇや。
 
 ぐちゃぐちゃに交じり合って、羞恥だの快楽ですら吹っ飛ばして、心も身体も、
お互いの存在そのものを混ぜてこぜにして。
 溶け合いたい。
 「……い、ちっ……」
 感極まって呼ばれる、俺の名前。
 自分の名前が好きか嫌いかなんて考えたことも無かったが、紅葉が呼んでく
れる俺の名前はたまらなく好きだ。
 「……紅葉……」
 大切で、愛しくて、どうしたら、いつも笑ってくれるのかと、そればかりを考えて。
 馬鹿みたいにだくだくと汗を流して、腰を入れる。
 抜き差しのペースをあげるにつれて、紅葉の吐息がより艶やかなものになっ
てゆく。
 「……も、や……だ」
 せっぱつまった紅葉が、がむしゃらにキスを求めてきたらそれはもう限界っ
て奴で。
 俺は悲鳴にも似た喘ぎが自分の体の中に木霊するのを楽しみながら、口付
けに応えて、こまやかなリズムを刻んだ。
 「あ、く……」
 汗で滑る俺の背中を紅葉の指が必至に掴む。
 「んんんっ……」
 くっと俺の腹に擦りつけるようにして紅葉がいけば、白い液体が勢いよく飛ぶ。
 「ああ、一杯でたな?」
 「ど、して。そういうことを、言う、かな」
 唇が触れるか触れないか、すれすれの位置で吐かれる言葉は余韻を十分に
孕んで熱い。
 「だって、俺だけが一杯じゃ。まずいっしょ?」

 



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