メニューに戻る次のページへ




  窖(あなぐら)


 僕を愛していると言う、その唇で。
 他の男に何をねだっているのか、知らない訳ではなかった。
 生き馬の目を抜くと表現される芸能界において、常にトップスターであり続ける為には、
僕の恋人なんかやってる場合じゃない。
 わかってる。
 ……わかってはいるけれど、そんな簡単に割り切れるはずもなく。
 だからといって、さやかちゃんを僕だけのモノにしてしまおうと思い込めるほど、世間が
見えない子供ではない。
 「覇王斬っ!!」
 僕が保持する一番強力な技を繰り出せば、巨大な大蝙蝠は羽を引き千切られて、
はらはらと落ちてゆく。
 どうしようもない胸のわがたまりを、何とかして消そうと、こうして旧校舎で一人。
 憂さを晴らすのを、みっともないと思いつつもやめられないでいるのが現状だ。
 「ふう」
 肩で大きく息をついて、ごつごつした洞窟の岩場に凭れ掛かる。
 と。
 「うわあっつ!」
 凭れた岩場が崩れ落ちて、大小様々な岩と共に倒れ込んでしまった。
 「つ、つつつ」
 今までこんなアクシデントは起きなかったが、ここは旧校舎。
 何が起きても不思議ではないのだと、自分に言い聞かせながら辺りの様子を伺って、
ゆっくりと体を起こす。
 体の節々が痛んだが、手の甲と頬に擦り傷を作った他に、怪我はない。
 ふと、足元を見れば人の頭はある大きさの岩が、僕が倒れた頭のすぐ近くに転がって
いた。
 この程度の怪我ですんだのは、間違いなく行幸だ。
 「隠しダンジョン、とか?」
 辺りを見回せば、普段の戦闘場に比べるとぐっと小さいフロアが広がっている。
 壁面が肌色なのだが何とも不気味だ。
 そっとなぞれば生き物のようにぴくんと蠢くのに、息を詰める。
 「……え?」
 静かに手をどかしても、壁面はびくびくと波打っていた。
 もしかすると、これは。
 信じがたい予感が外れるのを祈りつつ、もう一度壁を強く押すと。
 しゅるっと触手が伸びてきた。
 反射的に一刀両断で切り捨てると。
 『きしゃあああああああああ』
 耳汚い絶叫を上げて、壁から幾本もの触手が踊り出たかと思ったら、盲目の者が生み
出された。
 「!!」
 身を硬直させて目を見張る僕の目の前で、ぞろり、ぞろりと盲目の者が何体も這い出て
くる。
 その名の通り目が悪いのがせめてもの救い。
 僕は、先ほど入ってきた崩れた岩場に身を隠した。
 触手を切り落とされた盲目の者が狂ったように暴れて、己の体を傷つけた存在を探そうと
するが、僕の姿は見出せなかったようだ。
 諦めたらしく、しゅるしゅると触手を引っ込めて、また元のように壁に擬態してゆく。
 「ここは、一体。何なんだ?」
 一人で挑むには余りにも部が悪い。
 また次の機会に、京一先輩達と来てみようと踵を返しかけた時。
 視界の端を微かに、白い物が掠めた。
 一面の肌色の中、一体何が白いのかと、どうにも気になってしまい、帰りかけた足を
運び直す。
 僕の居た場所からは死角になっていた、更に区切られた肌色の部屋の中。
 『あ……あ……う……た…』
 確かに、人の声がした。
 擬態している盲目の者に気取られないように慎重に近づいてゆくと、白い物の正体が
知れる。

 必死に伸ばした、指先が。
 肌色の触手に絡め取られている隙間を縫って、空を掻いていたのだ。

 幾体もの盲目の物の触手に拘束された、自由の利かない四肢。
 抜けるように白い肌は下着一つ纏ってはいない。
 僕のちょうど目の高さより数センチ上の場所で繰り広げられる、陵辱。
 体中の穴という穴を触手に犯されて、必死の抵抗にも飽いたのか。
 虚ろな瞳を見せた、その人を。
 
 僕は、知っていた。

 「壬生、さん」

 信じられない姿だった。
 何より人に弱みを見せるのを厭う壬生さんに嫌われている僕が、決して見てはいけない
醜態だと思うが、どうにも目が離せない。
 多分助けを求めてなのだろう、当てもなく漂っていた目線が、ふ、と驚愕に目を見開いた
僕を捕らえた。
 うっすらと涙に潤んだ瞳に、凄まじい勢いで正気の色が差されてゆく。
 白い頬が、蒼白いそれへと変わっていった様は、見事なもので。
 誰に見られても、僕にだけは見られたくなかったという衝撃は十分に伝わってきた。
 「霧、島……君?」
 まるで幽霊でも見ているかのような怯えた眼差しを見て、僕の爛れた思考のどこか。
 自分でも認めたくない病んだ部分が、不意に、頭を擡げた。
 「助けて欲しいですか?」
 こんな聞き方をすれば、受け入れられるはずがないのなんてわかっていた。
 「壬生さん?僕に、助けて欲しいですか?」
 絶対的に不利な立場にいる、尊敬する先輩達が慈しんでやまない人に向かって、言っては
いけない言葉をどうしても囁いてみたくなった。
 真正面から『甘ちゃんは嫌いだ』と肝の冷える声音で呟いた壬生さんに、ほんの一矢
報いたかったのかもしれない。
 馬鹿げたプライドだ。
 『貴方しかいないわ』と熱い吐息と共に漏れる睦言が、偽りだと思い知ったからか。
 もしかしたら、さやかちゃんよりも大切かもしれない京一先輩が、己と同等の立場にある
存在だと認めているからか。




                                         メニューに戻る次のページへ
                                             
                                             ホームに戻る