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 小説 Cの福音

 
 めっさベタなダークヒーローが大活躍するシリーズもの。
 正義のヒーローが活躍する三作品とダークヒーローこと朝倉恭介が暗躍する三作品の六冊
からなるシリーズです。
 ちなみに朝倉の魅力にイカレタ自分は正義のヒーローが活躍する話に興味すら覚えず読ん
でません(すみませぬ)
 宝島文庫から『Cの福音』『続・Cの福音 猛禽の宴』『Cの福音完結編 朝倉恭介』が出てま
すので、ぜひ。

 ぶっちゃけ、ラストが本人納得いかず(笑)
 脳内補完必須じゃあと思いまして、書きました次第です。とほん。
 最終刊の続きにあたるお話なので勿論ネタばれものです。ご注意くださいませ。


 登場人物

 朝倉恭介(アサクラ キョウスケ)
 ……とある事件により、マフィアのドン・ファルージオの息子ような形になり、マフィアの仕事
    を手伝う事に。めきめきとその頭角を現わし闇の世界で活躍していた。

 ナンシー・シャーウッド
 ……ファルージオから恭介の下に派遣された超高級娼婦。
    絶望の淵から彼に助けられた事もあって、恭介を大切に思っている。


 舞台は、ケンタッキー州のレキシントン。
 ナンシーと恭介の出会いの場所でありんす。




 
空白


 「恭介―!どこなの、恭介!」
悲鳴に近い呼びかけに、目の前で餌を貪っていた野生のターキーは、ばだばだと羽をははば
たかせつつ、素早く茂みの中へ逃げ込んでしまった。
 「やれやれ」
 ゆっくりと立ち上がれば、一時間ほど地面に臥せっていた体中がばぎぼきと音をたてた。
 「恭介……良かった!そこにいたのね?」
 悲嘆に暮れていた顔が、瞬時にぱっと明るくなる。
 誰が見ても知性のある美女だと絶賛するだろう彼女を、私が死地から救ったというのは、実
に光栄な話だ。
 「君にターキーをご馳走しようと思ったんだ。逃げられてしまったけれどね」
 大仰に方を竦めて見せれば、ナンシーは声をたてて笑う。
 「それはごめんなさい。ターキーは、別の機会にご馳走していただくわ」
 小走りに走り寄った彼女の華奢な腕が、私の腕に優しく絡みつく。
 「今日のご馳走は、ちゃんとできているわよ?」
 何もかもが超一流の彼女は、料理の腕前も一流シェフに勝るとも劣らない。
 毎日毎食、手の込んだ、時に簡素な。
 けれども愛情のこもった食事を用意してくれる。

 一度、自分の妻か恋人なのかと尋ねたら。
 そうだったら、嬉しいのだけれどと、前置きをして、自分が命の恩人なのだと教えてくれた。

 そう、私は記憶喪失なのだ。
 名前も彼女に教えて貰うまでわからなかった。

 彼女と初めて出合った場所だという、この場所へ来るまで私は、海の見える小さな屋敷で
療養していたのだ。

 目を開けば、真っ白く高い天井を背景に。
 大きな蒼い瞳に、涙を一杯溜めた女性の姿。
 『キョウスケ!良かった……目を覚ましたのね。もう、一週間も意識がなかったのよ』
 『ここ、は?』
 清潔な真白の世界。
 消毒薬と微かに香る花の香りは梔子のそれによく似ていた。
 しゃがれきった声に、女性は大きく頷いて、涙を指の先で品良く払いながら、私の手首をき
ゅっと握る。
 『ファルージオの知り合いの別荘ですって。安心して。医師の口は堅いし、看護婦代わりの
  コトは私一人でやっているから』
 『……ファルージオ?』
 懐かしいような、イトオシイような。
 切ない響き。
 『キョウスケ……悲しいの?』
 私は、今、どんな顔をしているのだろう。
 どんな、顔をすればいいのだろう。
 『君は、誰だ?』
 『私が……わからないの?』
 せっかくの笑顔に、また涙が宿る。
 『私は、誰だ?』
 が、次の私の言葉を聞いて、はっと表情が引きしまった。
 『記憶が混乱しているのね。酷い、怪我だったのよ。先生を呼んでくるわ』
 すっと静かに立ち上がった女性は、私の頬を手の甲でそっと撫ぜて席を立った。
 白くて、やわらかくて。
 ……あたたかな手だった。
 女性を伴って私の枕元を訪れた老年の医師は、淡々と説明してくれた。
 私が、命に関わる重症だったこと。
 どうやら、その怪我が原因で記憶喪失になっているらしいこと。
 また、自分は日本でなにやらとんでもない犯罪をしでかすか、犯罪に巻き込まれたかしたせ
いで、全国指名手配となっていること。
 日本警察は元より、CIAやFBIまでもが動いていること。
 人里離れた屋敷はさる旧家の持ち物で、例え居場所がばれたとしても、おいそれと踏み込ま
れる場所ではないこと。
 老年の割には、はきはきとした口調での説明は、頭に霧がかかったような状態の頭でも十分
理解できた。
 それだけ、順序良く効率の良い説明だったのだと思う。
 『あんたの、義理の親父さん。ファルージオには、わしも。この屋敷の主もとても、世話になっ
  た。だから、あんたは。安心してここで養生なさい』
 『……犯罪を犯したのならば、罪は償わなくてもいいのだろうか?』
 女性と医師は二人して大きく眼を見開いた。
 私は、そんなにも可笑しい事を言っただろうか。
 『ふぉふぉふぉ。君がそんなセリフを吐こうとはの。いやはや。記憶喪失とは恐ろしい。いや。
  面白い、かな?』
 『ドクター!』
 『そう、怒るなナンシー。キョウスケが心配なのはよくわかるから。まぁな、キョウスケ。君はあ
  んまりにも派手にやりすぎた。日本警察に掴まれればまだしも、違う機関に掴まったら、殺
  させるだけじゃすまんよ。何。どうせ死んだのは、死んだ方がましな奴等ばかりだ。お前さ
  んが、責任を負う事はないだろう』
 『しかし!』
 言い募ろうとする私を、掌でやんわりと、しかし確実な拒絶で以って医者が言う。
 『そうなると、わしも。主も。ナンシーも共犯と見なされて掴まるぞ?』
 『……っつ!』
 幾ら記憶がないとはいえ、己の命を助けてくれた人間を売るわけにはいくまい。
 
 『養生しなさい。昔を思い出したいというのならば、ナンシーが知る限りを教えてくれるじゃろう
  て』
 唇を噛み締める俺の肩をゆっくりと叩いた医師は、なんとも医者らしい言葉を残して去ってゆ
く。
 肩で大きく息を吐いて、思わずベッドヘッドに背中を預けて天井を仰いだ。
 無意識に髪の毛を掻き揚げる私を、穏やかな眼差しで見詰めたナンシーは黙って、毛布を
私の胸まで引き上げてくれた。
 『ナンシー?』
 美しく、どこか儚い風情の女性は。
 『なあに、キョウスケ』
 私が名を呼べば、努めて穏やかに返事をしてくれる。
 『私は、そんなに悪人だったのか?』
 『いいえ。私にとってはたった一人のヒーローよ』
 『ヒーロー』
 悪人とヒーローは常に対極に立つ言葉。
 私は医師が嘘を言っているとは思えなかったし、彼女が偽りを告げてい
るとも考えられなかった。
 だとしたら、私は、その両要素を持つ人間だったと、そういうことだろうか?

                                   


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