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 大佐ほどではないにしろ、溜め込んでいる小さな山の書類をわさわさと漁りながら、締め切
りが近い書類を探し始めた少尉の様子に目を細めて、駄目にしてしまった書類を書き直し始
めた。

 電話が切れてから、きっかり一時間後。

 「はいはーい!皆のアイドル・ヒューズ様のご到着ですよ〜」
 ノックもなしに、スパーンと景気良く扉が開いて、中佐が現われた。
 抱えているのは、エリシアちゃんの新作写真が山ほど入ったファイルだろうか。
 手に提げている小さな紙の箱を見て、くったりと机の上に打ち臥していた大佐の目が、きらっ
と光った。
 「ケーキ!」
 「……お前な。俺よりもケーキを歓迎するのか、ケーキを!」
 「私だけじゃないぞ?ケーキ大歓迎の奴、手を上げー!」
 私以外のメンツが、ずびしっと、これ以上はない見事なタイミングで手を上げている。
 「ほらー食い意地がはってるのは、男共だけだ。少しはリザちゃんを見習え!」
 「……中尉は、ケーキよりヒューズがいいのか?」
 何に嫉妬しているのやら、むう、と子供のように頬を膨らませた大佐が聞いてくる。
 「ケーキも嬉しいですけれどね。中佐が来て下さると、大佐の仕事がはかどりますから」
 先ほど、大佐の机の上から回収した書類の山は、中佐が来て下さらなかったら、後三日は
処理されなかっただろう量だ。
 「あ!それだったら、俺も中佐ラブっス。ラブ」
 むちゅっと調子に乗った少尉が投げキッスなどを飛ばしている。
 相手がおおらかな中佐だからいいようなものの、上官にそんな事をした日には、軍法会議も
のだ。
 「むさい野郎からキスなんざ、いらん。美女と美少女のキスなら絶賛受付中だがな」
 むんと、胸を張る中佐に、皆は『浮気モノー』『恥知らずー』などと罵声を飛ばしている。
 大佐だけが一人、しょんぼりしていた。

 きっと、中佐の言った『美女と美少女のキスなら絶賛受付中』の所に反応しているのだろう。
 自分は、入らないとそう、思い込んで。
 中佐の心の中、一番の美女は間違いなく大佐だろうと。
 大佐以外の全員。
 下手をすればグレイシアさんやエリシアちゃんまでもが、知っている事実だというのに。
 「大佐?ケーキ切りましょうか。飴細工でできたお花は大佐に切り分けますから、そんな顔
  しないで下さい?」
 大佐にだけ聞こえる小さな声で耳元、こそっと囁けば。
 「中尉!」
 だから、大好きさ!とばかりに満面の微笑を浮かべて、抱きついてくる。
 ……こんなに、無防備に……困った人。
 信頼、を超えた先までも望んでしまいそうになる。
 大佐が、中佐に本当は望んでしまいたい。
 その苛烈なまでの欲望にも似て。
 「……セクハラをする人には、小さなケーキですよ」
 「しないしない」
 慌てて飛びのく様を、中佐がこっそり見ているのに気がついて、大きく切ったケーキの上、飴
細工のちゃんと乗せて一番に大佐に分ける。
 「うーん、美味しそうだっつ!」
 大喜びでケーキにフォークを突き刺した大佐を見て、他の面々も大慌てで私に、我先にと
ケーキ皿を差し出してくる。
 「わーん!大佐ばっかりズルイっす!俺らにも切って下さいっつ!」
 こんな時、要領良く一番乗りするのはハボック少尉。
 「楽しそうに罵声を交わしている人達は、ご自分で、どうぞ」
 ビターなチョコレートケーキは実は、私の好物でもある。
 大佐に切り分けた分よりは少なくとも、皆に行き渡るだろう分量よりは少しだけ多い量を切り
取って少尉に手渡した。
 うおーとか叫びながら争奪戦になったケーキに、軽く合掌して大佐の美味しそうに食べる様
を堪能しながら、食べようと思ってくるりと向きを変えて。
 固まった。
 「ローイ!お前はさぁ。どして、上手に食べられないのさ?」
 「上手に、食べてるだろう!」
 「どこがだー。たくさん零すし、頬っぺたにくずくず、つけるし」
 幾ら仲が良くても普通。
いい年をした男がこれまた同じ年の男の頬についた菓子をキスで取るなんてしません!
 「大佐!」
 「何だね、中尉!」
 私の言葉に過敏に反応した大佐は、またしても食べカスをぽろぽろと零してしまう。
 私は、中佐がキスをした辺りをごしごしとハンカチで拭くと、ポケットから出した大振のハンカ
チを大佐の首の周りに巻いてみる。
 「これで、零しても大丈夫ですよ?少なくとも軍服は汚れません」
 「……中尉ぃ」
 「つはははは!さっすが、リザちゃん。ロイのお母さんが堂入ってるわあ!」
 「いえ。中佐のお父さんぷりには負けますわ」
 にっこりと微笑んで見れば、私の歪んだ心根を見抜いているだろうに頭のいい中佐は見て見
ぬふりを決め込む。
 「いやあ。俺、こんなに手のかかる子供なんて、ごめんだよ!エリシアちゃんみたく可愛くな
  いしなぁ」
 でも、可愛いんですよね?
 本当は、とても。
 そういわなくても、大佐を甘やかす態度で十分にわかる。
 中央から東部へと訪れるその頻度からも。
 中佐がいる部署は激務で一年もたずに身体を壊して異動、もしくは退職する人間が部署内
の大半を締める。
 用があるからといって、簡単にこれるほど暇ではないはずなのだ。
 それでも、大佐が大切で、心配で。
 つい、来てしまうのだろう。
 自分が、忘れられていないかと。
 自分で、捨てておきながら。
 大佐が預けた唯一無二の信頼を切り捨てながら、違う形の信頼を得られるのはきっと、貴方
ぐらいだ。
 「私は手なんか、かからんぞ!」
 「かかるだろう?」「かかりますよ」
 私と中佐の声を揃えた返事に、大佐はまた、むうと拗ねた顔をしてケーキにフォークをさくさ
く突き刺して八つ当たりしている。
 「食べ物に、八つ当たりはいけませんよ」
 引き寄せたティーポットから紅茶を注ぎ、大佐の手元に置く。
 「勢い込んで食べると噎せ返りますからね?お茶もちゃんと飲んで下さい」
 「……うん」
 拗ねて口にした紅茶の味が好みだったのだろう。
 途端に笑顔になる様を見て、唇の下、笑いを噛み殺した。
 横目でちらりと中佐を伺うと、同じ風に苦笑を浮かべていた。
 勘良く私の目線に気がついて、目を細めて寄越す。
 この余裕!
 今でも十分大佐に信頼して貰っている。
 中佐を別にすれば、私は大佐にとって破格の存在であろう。
 それでも、この余裕が持てない限り私はマース・ヒューズという男を超えられないだろう。
 負けてもいいと、思う寛容さが確かにこの人はあるけれども。
 大佐に関する事だけは私も、妥協したくない。
 私が何時か、納得いく形の信頼を得るまでは、きっと。
 中佐は、私の永遠の憧れだ。
 あくまでも、大佐の側に立つ存在と、しての理想。
 凌駕できる日は遠いだろうが。
 できないという事もないだろうと。

 日々そんな風に思うようにしている。




                                                     END



 *ヒュロイ的アイロイ風味(笑)
  肉体関係を持ちながらもお互い信頼しあえる二人が、
  肉体関係がないリザには羨ましくて仕方ない。
  でもってヒューたんは、実は。
  リザとロイの関係がこれまた羨ましかったりするとイイ!
  ヒュー視点のアイロイもいつか書いてみたい。




 
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