南の司令官に目をつけられて、危険極まりない最前線ばかりを三年にも渡って回されてい
たのだ。
普通の兵士で最高半年。
私が見つけるまで、よく死ななかったと思う血みどろの生活。
何より狂気に犯されなかった、精神力の強さは驚嘆にすら値した。
その最前線に直接赴いて異動を告げた時の、血に飢えた獣のような瞳は今だ印象に深い。
最も、その後すぐ私が告げた言葉には。
『獰猛で私だけに従順な番犬が欲しいんだが』
真っ青な瞳を、驚くほどクリアな色にして笑ってみせたけれども。
「南は、トップはいい人だけど、人材育ってないみてーだなぁ」
「凡ミスが一番多かったようですよ?」
「やっぱ、あれかねー。俺が自分の部下好きなの見繕って抜いてきちゃったのがあかんかっ
たんかねー。一人二人残しても良かったんだけど、残されるくらいなら除隊するとか、皆言
うから。全員連れてきちゃったんだよなぁー」
今日訓練に参戦した部下の半分は、ハボックが南から異動になる時に一緒に連れてきてし
まった奴等だ。
南は、彼らの戦闘能力の高さを買ってはいたようだが、まとめ役立ったハボック以外の人間
の命令を利かないのに郷を煮やして手放してしまったのだ。
今頃酷く、後悔しているだろう。
「そういえば、少尉。戦闘中に『今の司令官なら戻っても優遇して貰えるぞ』って、ナンパされ
てましたよね?」
「げ!んなコトまで音拾えるわけ?結構こそこそ話しだったんだけども」
「最新の通信機は、なかなかに優秀なんですよ」
ふふんとこれまた珍しく自慢気に話すフュリーの手が加わった通信機器は、従来のものより
軽く見積もっても五倍は性能が増す。
私が来るまで、出世に興味はなくとも財を増やす妄執に狩られた中佐に、延々と横流しする
機器のパワーアップを強要されていた。
あやうく罪を全て被らされて、刑に服さなくてはならない羽目に陥る所だったのだ。
今は、きらきらと好奇心に輝く瞳をしているが、私が初めて尋ねた時は、見間違いだったか
と思うほど、淀んだ瞳をしていたのだ。
イシュヴァール前線でよく見た、何もかもを諦めた目を。
「でもねー。ファルマン准尉の正確さとミスのなさには、まだまだ遠いんですよね」
「褒めて貰っても、何も出ませんよ、フュリー」
中尉が淹れたらしいコーヒーで掌を温めるようにカップを持ったファルマンが、糸目を更に細
くしてゆったりと微笑む。
出会った当初は感情を表に表わさない性質なのかと思ったが、私の部下になって以来、そ
の糸目にも驚くほどの表情が宿っていると知った。
北方司令部の資料室に閉じ込められて一人。
際限なく送られてくる書類の山を、置く場所が無いからと、全て暗記させられていた。
あの極寒の地で、屋内とはいえ暖房のない部屋に一人居続けるには、書類を燃やしてでも
暖を取るしかなかったのだと教えられて。
偶然視察に訪れて、欲しかった資料を求めてファルマンを訪ねなかったらと思うと、心の底か
らぞっとする。
それほどの目にあっておきながらもファルマンは、隙を見ては重要書類を頭から紙の上に書
き出して、北方司令部にいる嘗ての同僚に送っているできた奴だ。
「優秀な部下に囲まれて、私も嬉しいよ」
「そりゃ、アンタ。上官が駄目駄目なら部下ができるしかないじゃないっスよ?」
「……少尉?」
「へーい『アンタ』呼ばわりは、ここだけにしておきます」
「ええ」
「おいおい、しないんじゃないのかね?」
笑顔で少尉の言葉を肯定してみせた中尉の肩に手をかけようとしたその時。
「……時間です」
無線を通して、集計の締め切りが伝えて寄越された。
「ブレダ!」
「はい。上がってます。清書する時間は取って貰えるんでしたっけ?」
「その状態で、とりあえず届けるらしいわ。はい、大佐。急いでください!」
「私が持っていくのか!」
「……他の者に持って行かせる気でいらしたんです?閣下はいざ知らず、中央は『侮られ
た』と思うでしょうに?」
「なるほどなぁ。それで東部は一番遠い位置に配置されたのか……」
はぁ、と肩を落とす私を見たハボックが机に転がしておいたベレッタを手にする。
「俺も一緒に行きますよ。妨害?あるんスよね」
「間違いなく。私はここから援護します」
中尉もライフルに弾丸を込め始めた。
「……中央のテントに結果報告を入れに行くだけだぞ?」
驚く私に、今度はフュリーが無線機のボリュームを上げてみせる。
『……どうせ……一人勝ち……あの、マスタングさえ……』
「今のお声は、南方司令部のラッセル准将ですね」
一度、せいぜい二度程度しか会った事が無いはずの上官の声をあててみせるファルマンに
頷いて見せながら、ゆっくりと首を振る。
「あの方には嫌われてるからなぁ……」
男色の方だったんだよねー。
黒髪黒目のベビーフェイスがお好みだなんて、情報を聞いてなかったら酒の一杯ぐらい
はご一緒しても良かったんだけど。
階級一つ上ぐらいの人間に、身体差し出すのも無駄だろうし?
「どうぞ」
ブレダが苦笑しながら書類と発火布仕様の手袋を渡してくる。
「ああ、じゃあ行って来るよ」
「いってらっしゃいませ!」
綺麗に揃った敬礼は、一瞬。
皆すぐさま持ち場に戻り、第二の戦闘に備えた。
「それじゃあ、ハボック行くか」
「アイサー」
テントの布を跳ね上げてから、後ろを振り返ると中尉がライフルの照準を合わせていた。
「しっかし、平和っスよねー大佐」
何時の間にか背負ったのか、ライフルが走る度にがしゃがしゃと音をたてる中で、ハボッ
クが気の抜けた声をかけてきた。
「……どこがだ」
「へ?たかだか訓練程度で、アンタが発火布を使うって辺りがですよ」
「それって、平和なのか?」
「平和っしょ。ボケがつくくらいに」
平和呆け、ね。
「なるほど……確かに、そうかもしれないな」
私はハボックと己の足元を照らすのに、発火布を擦って小さな燃える照明を生み出しながら、
さりとて明かりに慣らされないように天を仰ぐ。
天高く光る大きな星が、冴え渡る空に一つ。
鮮やかに、綺麗だった。
END
*ロイ視点軍部中心。
この続きも書きたいです!とか終わった途端言ってどうする、自分。
軍部メンツって楽しいですねー。
軍部本も一度ぐらい出してみたいなぁ。
すっごく長い話が書きたいです。