責任は、あくまで私にあるようにして、囁く。
「コーラルネス中将は、血管という血管が一瞬にして、腐れたようです。マルサマ中将は、体
内を循環する酸素量がじょじょに増大して、致死量を越えたかと」
構築式を紡いで後、アルフォンス君の思考……念じる強さによって、発動される人体破壊の
術は、まるで特殊な機械を使って全身をスキャニングするように、アルフォンス君の瞳に映る
のだ。
「それでは、マルサマ中将のが辛かったんだね」
「……ええ、そうですね……だって」
くるっと、すっかり成人男性の中でも立派だといえる体型になった体が振り返る。
今だ、人を殺す狂気と興奮に濡れて歪んだ瞳のままに、唇を近づけてきた。
「マルサマ中将、貴方のコト、大総統の猫って言ったから」
「猫、ねぇ」
軍部内の純然たる隠語。
猫、とはすなわち愛人の意味。
実際閣下に抱かれた事はあるし、現在進行形の関係ではあるけれど、愛人なんて、楽なも
のでもない。
あれはただ、私に従順を強いる為に一番簡単な行為というだけ。
「むしろ、自分では犬だと思っているんだがなぁ」
盲目的な軍の犬。
表向きは絶対的忠誠を大総統に捧げているように、見せているのだが。
「ふふ。誰も貴方を犬として飼えはしませんよ。貴方は何時だって周りを惹き付けてやまない、
気ままな黒猫です」
「おや?自分で言う分にはいいのかね」
「ええ。だって僕にしてみれば褒め言葉ですもん。自由気ままで、魂を決して売り渡さない、猫」
真っ直ぐに私を見つめる瞳に、やっと生気が戻ってきた。
「とても、大好きです…愛してます」
「私も、君を愛しているよ。私の大切な忠犬だ」
「……忠犬ですか。光栄ですね。僕の目指すもの、そのものですよ……でも、貴方の忠犬と
いえばやっぱりハボック少佐ですよね?お元気ですか、少佐」
気が付けば、彼の腕に抱かれるような格好で、瓦礫の山の上に座っている。
「ああ。先日もスレ違い様『とっとと呼び戻してくんないと、上官侮辱罪で極刑に処されそうで
すよ』といって寄越したな」
手離した部下の一人。
マスタングの犬と呼ばれていた、金髪とスカイブルーの瞳が鮮やかな男。
部下の信頼も厚く、現場を知り尽くしていたので、護衛だけに使うにはもったいないくらいの
奴だった。
命令には基本的従順を取るが、臨機応変に私の命を破ってでも任務をスムーズに遂行して
のけるので、とても重宝した。
「今の上官は確か、煙草が嫌いで礼節にうるさい方だったと思います」
「順調に出世してるから、頑張ってるんだと考えていたんだが。随分無理をさせているようだ」
今だ、私が拾いに来ると信じて頑張ってくれている。
順調に階級を重ねてゆく自分に遅れをとらぬようにと、慣れぬおべっかを使ってまでも。
本当に、迎えに入ってやるつもりはあるけれど、まだ微妙。
後、何人かは消しておきたい目の上のタンコブがいる。
「僕……無理をしてませんから」
「……わかってるよ。だから、側に置くんじゃないか。他の皆を遠ざけても」
抱擁の腕が、骨が鳴る強さできつくなった。
「少佐やホークアイ中佐の、足元にも及ばないのは重々承知していますから……捨てない
で下さいね」
「私が君を捨てるなんて、逆よりもありえないよ。何時だって私の代わりに血塗れてくれる。
しかも、喜々として。そんな人間。二度と手に入るとは思っていないからね」
「貴方のためならば、何でもします。喜んで。それが僕の生き方だと、決めたから」
何故、彼が私の側に居てくれるのかは、わからない。
何よりも大切だったはずの、今はもう鋼の二つ名を返上して故郷で穏やかに過ごす兄、エ
ドワード・エルリックの反対を押し切ってまでも、私の隣りに立つのかが。
「うん。ありがとう。私もできるだけ、君の忠誠には応えるようにするよ」
「側に置いてくだされば、何もいりません。ああ、でも……」
「ん?」
「時折『良くやったよ』と、頭を。撫ぜてくれれば、嬉しいです」
胸がぎりっと、軋んだ。
私の為にと、人殺しを繰り返す彼は、まだこんなにも幼いのだと思い知らされる。
「君が望むなら、それぐらい。何時なりとも」
身じろぎすれば、拘束はゆるくなる。
腰を落とすように目で示せば、意を察した彼はまるで私の腰に縋るようにして、その身体を
落として見上げてきた。
「良くやってくれた。ありがとう」
彼の前以外では決して取らない発火布を、わざわざ取り外して、直に彼のやわらかな金髪
を梳いてやる。
埃に塗れ、血みどろになってもまだ、やわらかな感触を伝えてくれる金色の髪の毛を、私は
結構気にいっていた。
「書類の提出がすんだら、シャワーを浴びるといい。髪の毛がくしゃくしゃだ」
「髪の毛、洗ってくれます?」
「……シャワールームは狭いからね。家に帰ってからゆっくり洗ってあげよう」
約束の証に、額へと唇を落とす。
血と汗と埃と、微かな皮膚の味。
「じゃあ、今夜は伺っても良いんですね」
喜色が差した瞳が、一気に私の目線よりも高くなった。
「ああ、久しぶりにゆっくりと眠ろう」
こうなると、頭を撫ぜるのは難しい。
「はい。しっかりと寝かしつけて差し上げますよ」
「ふふ。君もなかなか言うようになった」
代わりに、生意気な事を言う唇に、指の腹をあてる。
ぺろっと嘗めてくる、悪戯な仕種は、普段通り。
幼さとしたたかさを器用に使いこなす、彼に戻った。
「明日は自宅謹慎にしておこう。その間に辻褄は合わせておくから」
死んだ上官の不正を暴かせる準備は、整っている。
私と全く関係のない部署からの告発は、それなりの正当性を以って審議されて、ほどなく認
められるだろう。
相手を消す理由を何時だって用意しての、殺戮だ。
手を下したのがアルフォンス君だからといって、直接唯一の上官である私も、彼も裁かれる
べくもない。
「お願いしますね……准将もお休みだったら、一日中いちゃいちゃしてられるのに。それがち
ょっと残念です」
「……皆を呼び戻せるまで後少しだ」
そうしたら、君の負担も減る。
君はそれを悲しむかもしれないけれど。
やはり私以上に、血に、塗れて欲しくはないからね。
「約束した一年までは、後二ヶ月しかないですもんね」
「そうしたら、きっと。君と二人でいる時間も、もっと多く取れるだろう」
「楽しみにしてます……行きましょうか?」
「そうだね。行こうか」
手袋を嵌めなおそうとして、手首を掴まれる。
「直接、させてください」
私の正面ひざまずいた彼が、私の手の甲に唇を寄せてくる。
冷ややかな感触に目を細めると、私は彼の頭をさわさわと繰り返して撫ぜた。
END
*アルロイ。
紅涙の錬金術師のお話でした。
100のお題『転寝』は、この話の続編になります。
続けて読んでいただけると、嬉しいです。
……って!『転寝』のコメントに入れ忘れてた。
入れておこう(苦笑)